労働時間を集計し、残業代も含め賃金計算をする際に端数を正しく処理していますか?
正しい割増賃金の計算はできていますか?
法改正により未払い賃金の消滅時効の期間が延びたことにも留意必要です。
ここでは賃金の基本原則について整理しました。
●時間数、賃金額の算定上の端数処理の原則が確認できます。
●最低賃金、減給制裁など賃金に関する労基法上の基準も確認できます。
賃金支払いの5原則
賃金は労働者にとって最も重要な労働条件の一つですので、生活不安などを惹起しないよう、労働に従事したことに対して確実に本人に約束した報酬を支払うための原則的ルールが基準法に規定されています。
つまり、
❷ 直接本人に支払うこと
❸ 全額支払うこと
❹ 毎月1回以上支払うこと
❺ 定期的に支払うこと
これが、賃金支払い5原則です。
先日、大学教授の講演を拝聴した際には、④と⑤を一つにして4原則という説明をしておりました。
まあ、どっちでもいいのですが、先生に質問したところ、「ああ、そうですか」でした。
僕は「5原則」で覚えてきた人間です。
通貨払い
労働者の合意があれば、現ナマでなく金融機関の預金・貯金口座への振込みや金融商品取引業者(第一種少額電子募集取扱業者は除かれます)に対する預かり金への払込みでも可とされています。
実際には、入社時に当然のように金融機関口座番号を会社に提出させているのでしょうが、労使双方にとって利便性が高く負担も少ないので、つい労働者の合意を得るという原則があることを忘れがちです。
が、認識はしておくべきでしょう。
IT化によるキャッシュレス社会を迎え、どんどん現金を扱う機会が減少していくことでしょうが、技術上も問題なくなりシステムの信頼性が強固となったアカツキには、デジタルポイント付与による賃金支払が当たり前の社会になるのでしょうか、ね。
直接払い
本人に代わり、代理人や親権者に賃金を支払ってしまうと、会社は本人に賃金を直接支払っていないとして刑事罰の対象となります。
金融機関の口座払いにすると実際にはこうしたトラブルは生じにくいでしょうが、当然、他人名義の口座へは振込みはできないということになります。
未成年者の賃金を親や後見人が本人に代わって受け取ると、その親や後見人は罰金30万円以下の刑事罰の対象となります。
未成年者本人に支払わなかった会社の使用者も同様に処罰対象になります(またこの場合、使用者は別途、未成年者に賃金を支払わなければなりません)。
全額払い
所得税、住民税、社会保険、雇用保険といった他の法令で会社が給与から天引きすることが認められているものは賃金支払い時に控除しますが、その他は「労使による賃金控除協定」が締結されていないと、いくら従業員の合意があったとしても天引きは認められません。
例えば、労働組合費や互助会費、旅行積立などは給与から控除できるものとして協定書を結んでおかなければ控除は違法となります。
時間外・休日労働のための36協定や就業規則を労働基準監督署へ届け出るなど、いくつかの手続において労働者の過半数代表者との労使協定の締結等が労基法で義務づけられていますが、その際の過半数代表者についての適正な選出手続、要件などを整理しました。[…]
何かの原因で、前月の給与が過払いであったとき、当月の給与でその分を清算する程度のことは計算に関することということで、全額払い原則に反しているとは認められないという行政解釈が昭和23年に通達されています。
給与計算の締切日が勤務サイクル途中に設定されているなど、締切日後の勤務日に通常の労働をすることを前提に給与計算し賃金を支払ったけれど、実際には締切日後の勤務日に欠勤したなど結果として過払いになる場合に、次の給与計算で清算するようなことまで違法扱いはしないということです(その逆は労働者に不利になるのでダメですね)。
給与計算上、労働時間や賃金額の端数が出た場合の取り扱いとしては、常に労働者に不利になるものではなく事務簡便が目的であるなら以下の取り扱いは許される旨の行政解釈があります。
◆ 1か月の合計労働時間の端数:
30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げ
◆ 1時間当たりの賃金、割増賃金の端数:
50銭未満を切り捨て、50銭以上を1円に切り上げ
◆ 1か月の残業等割増賃金総額の端数:
50銭未満を切り捨て、50銭以上を1円に切り上げ
◆ 1か月の賃金支払い額の端数:
50円未満を切り捨て、50円以上を100円に切り上げ
◆ 1か月の賃金支払い額の端数:
1000円未満を翌月の賃金支払日に繰り越し
詳細は下記の記事をご覧ください。
【いまさら聞けない】賃金計算や時間計算において、1円未満や1時間未満の端数が出てきますが、その際の正しい処理方法を知っていますか?コンピュータに任せて具体的な計算方法は分からない、なんてことも・・・。賃金支払い不足があった場合、3年[…]
毎月一定期日払い
毎月20日を給料日とする、という具合で毎月支給日が到来しなければなりません。
ですので、「年俸制」を導入している会社でも、年俸を分割して毎月支給することになります。
もっとも、先払いという形で一度に年俸額を支払う手はあります(前払いは労働者にとって不利にならないので)。
賞与などのように臨時に支給されるものとか、支払額があらかじめ確定しているものではなく、定期的に支給されることが確定しているわけではないもの、例えば、1か月を超える期間にわたる事由によって算定される手当については、当然ながら毎月一定期日払いの対象とはなりません。
労働基準監督官の臨検時のチェック
労働基準監督官が会社を臨検した際には、労働条件関係の調査をする場合、賃金台帳、時間外労働労使協定、就業規則などの提出を求めて、
❶時間外労働の割増賃金が全額支払われているか、
❷賃金の控除協定があるか、
❸その協定に記載のない控除がされていないか、
についてチェックすることになります。
それは監督官にとって最も基本的な行動様式であり、当該事業場を臨検対象にした理由・背景にかかわらず、ほぼ必ず実施される調査事項だと認識して間違いないことでしょう。
労働基準監督官はホントに抜き打ちで事業場を訪れ、労働条件や安全衛生に係る遵法状況をチェックします。これを『臨検監督』と言います。行政としての監督指導の実施方法の一つです。その臨検監督を受けたときには会社はどう対応するのが適切なのでしょう[…]
減給制裁の制限
例えば、5分遅刻した者に対し、30分の遅刻として賃金カットすると、労働提供の無かった限度を超える25分のカットは賃金の全額払いに反して違法となりますが、就業規則に減給制裁としての規定があり、基準法で定める制裁の制限内でこれを実施するならば、全額払い原則に反しないものとなります。
制裁として賃金の一部を減給する場合は、あらかじめそれを就業規則で定めておく必要がありますが、無制限に認められるものではなく、次の制約があることに注意が必要です。
❷ 制裁の対象事案が複数あっても、減給総額は一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならないこと
ここで、労基法では制裁としては減給の制限についてだけ規定していますが、制裁には一般的には、出勤停止やけん責、即時解雇などもあります。
公序良俗に反しない限りそういった制裁規定を就業規則に設けることは可能なわけですが、
例えば、
出勤停止によりその期間中は賃金を支払わないという規定がある場合、制裁としての出勤停止の当然の結果であって、この場合の出勤停止の制裁に伴う事実上の減給については、減給制裁に関する基準法の規定はそのまま適用されません。
欠勤などでその月の給与が少ない場合にはその少ない給与総額に対しての10分の1が減給額の上限だということになります。
休業手当
使用者側の都合で所定労働日に休業することとなった場合には、少なくとも平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません。
例えば、
感染症の拡大期で社員が感染のおそれがあるとして、会社が一方的に(医療機関や行政機関が示す出勤自粛基準などに達していないが、会社独自の方針として)休ませ様子を見るといった場合に、当該労働者は勤務できないことで賃金が受けられないとき、基準法では平均賃金の6割以上を会社が支払う義務があり、それを会社が怠ると罰金刑の対象になります。
この「使用者の責に帰すべき事由」による休業なのか、労使双方にとって避けられない自然災害などによる休業なのか、種々のケースで判断が難しいこともあります。
迷わず労働基準監督署に電話でもいいので、照会してみましょう。大丈夫です、そういう行政機関ですから。
金品の返還
労働者が亡くなる、退職するといった際には、権利者の請求があれば7日以内に賃金や貯蓄金など労働者の権利に属する金品を返還しなければなりません。
ただ、争いのある場合は、争いのない部分がこの7日以内返還義務があるということです。
この権利者とは、労働者本人やその相続人のことを指し、一般の債権者は権利者に含まれません。
賃金など労働者のものは辞めたらすぐにでも支払う、返却するようにするということですね。
最低賃金制度
毎年、各都道府県労働局で各県の地域最低賃金額が改定されています。
が、2020年の夏は新型コロナ感染症の影響を受けた経営者側の反発が大きく、改定しなかった県が7県もありました。
2021年度の改定は、一転して大幅アップとなりました。
- 引上げ額が28円は40都道府県、29円は4県、30円は2県、32円は1県
- 改定額の全国加重平均額は930円(昨年度より28円アップ)
- 全国加重平均額28円の引上げは、昭和53年度に目安制度が始まって以降で最高額
- 最高額(1,041円)に対する最低額(820円)の比率は78.8%で、この比率は7年連続改善
といった状況です。
地域別最低賃金はその県内のすべての労働者に適用されますので、アルバイトやパートタイムのような時給制の労働者はもちろん、月給制の労働者でも時間換算した賃金額が改定される最低賃金額を下回っていないか、ギリギリの会社では毎年、重大な関心事項になります。
この最賃額に満たない時間当たりの賃金しか支払わなければ、それは無効で最賃額が適用されますし、違反に対しては50万円以下の罰金対象となります。
一般の賃金不払い(基準法24条)は罰金30万円に対し罪がより重い扱いですね。
ただ、著しく労働能力が異なるなど一律の適用がかえって雇用機会を狭める可能性がある場合、減額できる特例がありますので、この場合、労働基準監督署の実地調査を受け労働局長名による許可を得る必要があります。
最低賃金をクリアしているか否かの算定事例
具体的に計算例をみてみましょう。
計算する際に除外される手当には次の手当があります。
❷ 慶弔手当などのような臨時に支払われる賃金
❸ 1か月を超える期間ごとに支払われるボーナス等の賃金
❹ 時間外・休日労働の割増賃金、深夜労働割増賃金
これらを除いて時給換算し、その結果が最低賃金額以上であればOKです。
月給額 × 12月 ÷ 年間総所定労働時間数 ≧ 最低賃金額
例えば、
❶ 休日が週休2日制のほか年末年始の6日間も休みで年間所定労働日数が255日
❷ 月給が18万円(基本給14万5千円、精皆勤手当1万円、家族手当1万円、通勤手当1万5千円)
❸ 所定労働時間は毎日7時間30分
という場合、月給18万円から精皆勤手当、家族手当、通勤手当を除くと、月給は14万5千円になります。
ここで、
年間総所定労働時間=255日×7時間30分=1,912.5時間。
これをさきほどの計算式にあてはめると、
月給額14万5千円×12月÷1,912.5時間≒909.8円
県内の最低賃金額がこの909.8円より低いなら法違反は無いことになります。
時間外労働(残業)や休日労働に対する割増賃金の正しい算定方法
残業手当や休日労働手当について適正な算定をしないと後々の大きなトラブルに至りますので、間違いないようにしましょう。
詳しくは下の記事をご覧ください。
「法定の時間外労働」や「法定の休日労働」をした場合には、その時間又はその日の労働について「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の25% 以上の率で政令で定める率以上で計算した割増賃金」を支払う必要があります。労使協定(36協定)で定め[…]
残業手当や休日労働手当の支給対象にならない管理監督者の深夜労働手当の算定方法
時間外労働や休日労働の概念が適用されない「管理監督者」について、深夜勤務時の割増賃金の算定をする際の賃金の時間単価はどのように扱うのでしょうか?
詳しくは下の記事をご覧ください。
労働時間・休憩・休日に関する労働基準法の規制が及ばない管理監督者が、深夜勤務(22時から翌日の5時の間)に就いたときには、残業代は計算されませんが、深夜労働の割増賃金は支給対象となります。では、その計算を行う際の時間単価[…]
賃金の一部の不支給について時効がある?
未払い賃金に関する消滅時効の期間については法改正により2年間から3年間に延長されています。
詳しくは下の記事をご覧ください。
労働基準法が改正され、2020年4月からは未払いの賃金を請求できる労働者の権利は3年経過すると時効により消滅し、以後は使用者が時効を理由に支払わないことが認められます。この時効消滅の期間は、それまで2年だったのが5年に延長されたのですが[…]
まとめ
賃金は労働条件のうちで最も重要事項であり、最大の関心事項でもありますので、その算定根拠や計算方法等の適正な扱いには万全を期す必要があります。
定期的に、的確な処理をしているか点検・確認する機会を設けることがよろしいかと考えます。