労働条件について会社と従業員との間で問題が生じ、これがこじれて決着の方法が見えなくなった場合に、従業員が労働局に相談しあっせんを依頼することがあります。
労働局から突然通知が来てあわてるケースもあるでしょうが、むしろ問題解決の機会が到来したと受け止めるべきです。
2度の体験を踏まえて解説します。
あっせん参加を断ることは自由だが参加した方が良い
従業員が労働局にあっせんを申請すると、受理した労働局の「紛争調整委員会」から会社にあっせんに参加するか否かの意向を確認する通知が届きます。
その時点で、まったく参加する考えがないのであれば参加を断ることで、そのあっせんは実施されず打ち切りとなり、労働局の手続きは終了します。
あっせんは受けるも拒否するも自由です。
しかし、以下の理由などから、もしあっせん調整の話しを受けたら、この機会を逃さず、土俵にあがるのが賢明と言えます。
一定のメリットがあるからです。
無料かつ短期で終わる紛争調整委員会のあっせん
無料かつ短期に(原則1日で)終了することから活用しやすいのが、都道府県労働局に設置されている『紛争調整委員会』が行う、あっせんによる解決制度です。
多くの場合、半日程度で終結しますので、結果が出るのが早いことによるメリットは大きいと言えます。
書類の準備
事前の申請書(申し立て側)や主張書面(紛争の相手側)の作成・準備は必要ですが、その書類も1枚程度の分量でも大丈夫です。
証拠書類を提出することは必須とされておりませんが、早期解決のために何らかの証拠書類を提出することはできます。
打ち切り
紛争調整委員会によるあっせん調整を進める中で、どうしても折り合いが見いだせないのであれば打ち切りになります。
なので、結果に納得いかず受け入れなかったとしても、裁判所の労働審判とは違い、裁判に自動的に移行するわけではありませんので、精神的負担についてもさほど大きなものではない、と言えます。
なお、あっせん申請は労働者側からだけでなく会社からも可能ではあります。
紛争調整委員会で扱う紛争は何でもありではない
この紛争解決の制度は、職場の全ての紛争を扱うというものではありません。
労働局の「紛争解決調整委員会」があっせん制度の対象とするのは次の紛争とされています。
●いじめ・嫌がらせなどの職場環境に関する紛争
●退職に伴う研修費用の返還、営業車など会社所有物の破損についての損害賠償をめぐる紛争
●会社分割による労働契約の承継、同業他社への就業禁止など労働契約に関する紛争
●募集・採用に関する紛争(あっせんは除かれます)
対象となる事例
例えば、
❶契約更新してきたパートタイム従業員が、契約更新されなかったこと(雇止め)について会社の対応に異議を申し立て、引き続き従業員でいることを求める場合だとか
❷異動発令があったのに通勤時間が延びるなどとして異動に応じようとしない従業員を処分対象とした場合に、会社の処分は権利の濫用で無効だと主張するなど、会社と従業員が対立したケース
などです。
対象とならない紛争
一方で、このあっせん制度の対象とならないのは次のような紛争です。
●裁判で係争中である、または確定判決が出ているなど、他の制度において取り扱われている紛争
●労働組合と事業主との間で問題として取り上げられ、両者の間で自主的な解決を図るべく話し合いが進められている紛争
など
パワハラや男女差別などの紛争は「調停会議」が扱う
同じ労働局内には紛争調整委員会とは違う「調停会議」という場もあり、次のような種類の調停会議が関係する事案に応じて設置されます。
■両立支援調停会議(育児・介護休業法に関する紛争)
■均等待遇調停会議(パート有期雇用労働法に関する紛争)
■優越的言動問題調停会議(労働政策推進法に関する紛争)
これら調停会議は「あっせん」といった問題解決の場を作るといったものではなく、解決策を労使双方に提示するといった、「調停案」を示す場となります。
会社内のトラブルがこうした問題の類なら、個別労働問題の紛争調整委員会によるあっせん調整ではなく、調停会議によることになります。
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あっせん期日の連絡があってからの準備
主張書面の準備
さて、労働局の紛争調整委員会から、会社があっせんの連絡を受けた場合(このケースが圧倒的に多いでしょう)、会社は日程確保だけでなく、あっせん申請に書かれた内容について、事実の認否や評価を行い、反論するための「主張書面」を作成することになります。
主張書面はあれこれ複雑にする必要はなく、ポイントを整理し会社の主張を的確に記載し提出します。
A5用紙の片面に収まる内容だけでも構いません。
資料の準備
主張事実を裏付ける書面があればそれも添付します。
会社に有利な資料があるなら提出資料の一部にするかどうかよく検討し、あっせん調整が申請者寄りにならないよう提出書類の選別にも気を付けるのがよいと思います。
➡労務管理上の記録保存や労基法上の請求権の時効についてはこちら
譲歩範囲の決定
さらに、どんなあっせん調整が行われるかは未知ですが、会社としてどの線まで譲歩してよいか社内で意思を固めておきます。
そうして準備万端整え、担当者たちが指定された会場に赴くわけです。
あっせん申請書の様式
実際のあっせんの様子
筆者が実際に体験した状況を簡単に紹介します。
労使双方は顔を合わせないことができる
一つの案件については、三人のあっせん委員(弁護士などの学識経験者)が担当する建前です。
あっせん通知書には三人の名前が記載されているのではないでしょうか。
しかし、実際に現場に顔を出すのはそのうちの一人であることが通例です。
労使双方が控室から代わるがわるあっせん委員のいる部屋に呼ばれ、意見・主張を何回か聴取され、紛争解決のための着地点をさぐる作業が行われます。
筆者は、これまで2回この紛争調整委員会のあっせんに会社側の者として出席したことがありますが、申請者たる労働者と一度も会場で顔を合わさないよう配慮されます。
そういうことも、裁判所内で行われる労働審判とは違うところです。
あっせん時に行われること
会社としては
・その根拠はなにか
・従業員の主張をどうして受け入れられなかったのか
・代替案としてどんなことを従業員に提示してきたか
など正直に経緯を含め説明します。
裁判と違い、証拠書類も限られ厳格な証明までは難しいですし、過去の労使の「言った、言わない」類の話しをしても解決は困難ですし、「あっせん」という性格上、お互い譲り合うことが求められることから、明確な白黒決着にはなり得ません。
何度かあっせん委員とやり取りしながら争点が整理されてゆき、あっせん委員からは問題の法的な評価を示されつつ、それを前提に双方折り合いをつけてどうにか紛争を解決する道はないかいろいろ打診があるわけです。
相互の譲渡の例
例えば、不当異動発令だとする事案であれば、
これまでの紛争に絡んで欠勤したことを処分対象とせず、当初の異動時期をずらす一方で労働者にはその異動を呑んでもらう、
懲戒解雇無効だとする事案であれば、労働者は退職する一方で会社は解決金として数か月分の給料に見合った金額を支払う、
といった具合にどの線で双方決着できるかその駆け引きが行われます。
和解の条件検討
半日程度で処理を終えることから、あっせん開始早々にあっせん委員から双方に対して和解できるとしたらどの程度の条件などを考えているかを聞かれますので、この点は事前に意思統一しておく(社内の決済をとっておく)必要があります。
もっとも、一切の妥協はしないという考えであれば、初めからあっせんには応じない旨の回答をして紛争解決制度に乗らないことも自由です。
が、あっせんに臨んだからには、双方ともいくらかは譲歩せざるを得ません。それが和解の考え方です。
会社との調整
控室に何度も戻り、会社関係者と携帯電話で連絡・協議しながら解決金の金額などについて最終了承をとるなどは自由にできます。
そして、和解の内容を双方呑むとなると、その場で文面が作成され署名押印してそれを双方取り交わして一件落着です。
これで紛争は消失します。
和解調書作成
和解調書には、本件に関係して双方とも一切の債務債権は無いことを確認するとか、第三者に本件の内容等を漏らさないとか、今後一切の関わりをもたないなどの条件を付けるのが一般的です。
(株)AA AA(以下「甲」という。)とBB BB(以下「乙」という。)は、甲と乙の間の労働紛争(事件番号 〇〇労働局1234)に関して、〇〇紛争調整委員会のあっせんにより、次のとおり合意した。
1 甲と乙は、甲乙間の雇用契約を令和4年2月29日限りで甲の都合により終了したことを確認する。
2 甲は乙に対し、本件解決金として金30万円の支払い義務があることを認め、これを令和4年5月31日限り、乙の指定する銀行口座(🔶🔶銀行🔷🔷支店普通口座1234名義人B)に振り込むことにより支払うものとする。振込手数料は甲が負担する。
3 甲は、乙の私物を、令和4年5月10日限り、乙に郵送する。
4 乙は、令和4年3月1日以降、甲の従業員及び役員に対して接触しないものとする。
5 甲及び乙は、本件に関し、一切他に口外しないことを確約する。
6 甲及び乙は、本件に関し、本合意書に定めるほか何ら債権債務がないことを相互に確認する。
以上合意の証として本合意書2通を作成し甲乙各1通を所持するものとする。
令和4年2月29日
甲 (株)AAAA
代表取締役 ◎◎
乙 BBBB
労働局紛争調整委員会のあっせんの特徴
労働局の紛争調整委員会によるあっせんは1回で終結するという具合に時間をかけずに処理されるなどの特徴があります。
費用負担は大きくならない
双方とも弁護士のような代理人を立てることはほとんどなく、この点も労働審判とは違いますが、それゆえ弁護士費用などは不要ですので、費用がかからない分、解決金の金額はやはりそれなりに、といった程度になります。
1回で済ませるのが原則なので、解決金支払で解決する方向となれば、その金額についてもその場で決断を求められます。
そのような背景からかべらぼうな金額とはならず、結局この制度を活用すると、費用負担のかからない分、解決金額は大きなものになりにくいと思われます。
解決金を支払うことで当該案件にもうこれ以上関わらないですむと考える会社にとって、紛争が長引くなど将来的な負担可能性と比較考量すると、申請者側の一定の譲歩も当然必要ですが、まあまあ納得感をもって着地できるのではないかと思います。
しつこいですが、あくまでも申請者側が解決金支払で紛争終了とすることでやむを得ないと了解することが前提ですが。
こうした解決金支払で紛争を終了とする方法は労働審判でも普通に行われます。
半日で終了
午前あるいは午後の時間帯で招集の通知があるでしょうが、午後1時ころからの開始が多いのではないでしょうか。
労使双方の主張は事前提出の書類ではっきりしてますので、あっせん委員は法的争点を示しながら、どういう決着の仕方があるか双方の考え方を確認しながら提示します。
何度か控室に戻って打ち合わせを行い、会社とも連絡しながら方向性を固めます。
事前に会社内で意思統一してきたものの、あっせん委員からは想定していなかった内容の和解案なども示されるときがあり、こうした控室戻りはよくあるようですのでその点は気にせず、今日で紛争を決着させるという一心で対処するしかありません(和解条件次第ですが)。
もちろん、大枠を決めてきてそれをはみ出す内容ならあっせんは受け入れないこととし、次の労働審判や訴訟になっても構わないとする考えもできます。
あっせんに臨むならその一線を明確にしておくべきでしょう。
こうして、いずれにしても夕方までには何らかの決着がつきますので。
最後に
その他、個別労働関係の紛争解決のためのあっせんは、弁護士会や社会保険労務士会なども行っており、費用もまちまちです。
いずれにしても、ADR法によって法定の基準・要件に適合したとして法務大臣から認証を受けた民間機関には、時効中断や訴訟手続の中止効力などの法的効果が付与されております。
どの機関のADRを活用するかは紛争の特性や求める解決方法などに応じて選択することになります。