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不可抗力による休業だといえないなら休業手当の支払い義務がある

従業員が新型コロナウイルスに感染したことがわかったときや、行政から営業自粛を要請されたことなどにより、従業員を休ませる場合には、賃金支払義務は一律免除となるのでしょうか?

債権者の責めに帰すべき休業は賃金全額を支払う義務

民法には、債務者の危険負担等に関する規定がありますが、債権者の方に責任があるときについては、次のように規定されています。

債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。
「債権者=使用者」とすると、債権者は労働の提供を受ける権利のある立場になります。
「債務者=労働者」とすると、債務者は労働を提供するという債務を履行する立場になります。
そして、「債権者=使用者」は、「債務の履行=労働の提供」に対する「反対給付の履行=賃金の支払い」を行うという図式になります。
民法536条2項により、使用者側に責任のある事情で従業員が労働の提供をできなくなったときは、使用者における賃金の支払義務は消滅していない、と理解できるわけです。

民法の規定は労働者保護には不十分

従業員は、こうした休業時の賃金を全額請求し得るのですが、この規定については両当事者の合意により、適用を排除することも可能です。

民法は対等の者どうしのルールを定めているので、規定の性格により特約も可能なのです。

このように、民法536条2項の規定のみでは、労働者保護に十分ではないのです。

そこで、労働基準法では、こうした場合には一定の賃金を支払うことを刑事罰を持って強制する規定となっています。

 

使用者の責めに帰すべき休業は平均賃金の6割以上の賃金を支払う義務

労基法には次の規定があります。

使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平金賃金の百分の六十以上の手当てを支払わなければならない。
これに反したら、30万円以下の罰金に処せられる(裁判所は請求によって同一額の付加金支払い(倍返し)を命じることができる)こととされています。
民法との関係
民法の「全額請求可能」という趣旨と、労基法の「平均賃金の6割以上」という規定だけを比べれば、なんだか労基法の規定のほうが労働者にとって不利な規定のように感じるかもしれません。
しかし、労基法では民法の規定について排除していませんし、平均賃金の100分の60までを保護しようとする趣旨であって、決して労基法の規定は民法の規定に比べ不利ではないのです(昭和22.12.15 基発502号)。
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使用者の責めに帰すべき事由は民法の規定より『広い』

労基法規定の「使用者の責めに帰すべき事由」は、民法規定の「債権者の責めに帰すべき事由」より広いと解されています。

「使用者の責め」は、第一に使用者の故意、過失または信義則上これと同視すべきものよりも広く、第二に不可抗力によるものは、含まれない(労働法コンメンタール「労働基準法 上」)という考え方です。

 

最高裁判例

「使用者の責めに帰すべき事由」とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって、民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。
【最高裁第二小法廷判決「ノース・ウェスト航空事件」(昭和62.7.17)】

不可抗力によるものは使用者の責めに含まれない

「使用者の責め」には、不可抗力は含みません。

不可抗力なのか否かは、それぞれの事情ごとに判断する必要があります。

 

不可抗力とは

「不可抗力」といえるためには、次の2つの要件が備わる必要があると解されています(労働法コンメンタール「労働基準法 上」)。

1⃣その原因が事業の外部より発生した事故であること
2⃣事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてなお避けることのできない事故であること
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新型コロナウイルス感染症関連の休業への当てはめ

従業員のコロナ感染に関連して勤務を休む、または休ませる場合に、従業員に休業手当を支払う義務が生じる場合があります。

厚労省のホームページに掲載されている『コロナウィルスに関連するQ&A』(企業向け)を踏まえ整理してみましょう。

 

1⃣感染した従業員を休業させる場合

知事の行う就業制限により従業員が休業する場合は、一般には「使用者の責めに帰すべき事由による休業」には該当しませんので、労基法上の休業手当を支払う義務はないと判断されます。
風邪で休む場合などと同じです。

 

2⃣感染が疑われる従業員を休業させる場合

感染が疑われる従業員が、受診・相談センターでの相談結果を踏まえても、職務の継続が可能である場合について、会社の自主的判断で休業させる場合には、一般的には「使用者の責めに帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。

 

3⃣事業休止に伴い従業員を休業させる場合

事業休止などを余儀なくされ、やむを得ず休業とする場合、これが不可抗力による事業の休止なら休業手当の支払い義務はありません。

この「不可抗力」に該当するかどうかについては、次のように整理されます。

 

4⃣不可抗力による休業といえるか否か

「不可抗力」といえるか否かについては、

原因が事業場の外部より発生した事故であること
事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること

以上の2つのいずれも満たす必要があります。

「1」については

例えば今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対応が取られる中で、営業を自粛するような協力依頼や要請などを受けた場合のように、事業の外部において発生した事業運営を困難にする要因が挙げられます。

「2」については

使用者として休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしているといえる必要があります。

具体的努力を尽くしたか否かの判断

具体的な努力を尽くしたと言えるか否かは、例えば

①自宅勤務(テレワーク)などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分に検討しているか
②労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか
といった事情から判断されます。

特別措置法に基づき協力依頼や要請を受けて営業を自粛し、従業員を休業させる場合であっても、事業主の休業を避ける努力もないまま一律に休業手当の支払義務がなくなるものではないことに留意が必要です。

取引先の事業休止に起因する事業休止

事業の休止について、例えば、海外の取引先がコロナ禍を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し判断する必要があると考えられています。

新型コロナウイルス感染者の職場復帰

感染者の療養解除基準(2023年1月1日現在)については、厚労省ホームページにおいて、症状のある者と無症状の者とで若干の違いがあるとしていますので、チェックしておきましょう。

症状がある者発症日から7日間経過し、かつ、症状軽快から24時間経過している場合、8日目から療養解除を可能とする。
無症状の者療養期間は7日間とするが、5日目の検査で検査陰性である場合には、5日間経過後(6日目)に療養解除を可能とする。

こうした基準をクリアしていながら、特段の理由なく職場復帰を拒めば、使用者の責めに帰すべき休業として、休業手当を支払わないと労基法違反に問われることにもなりますので要注意です。

休業手当は休日に対しては支払わない

休業手当を支払う義務のある「休業」とは、労働者が労働契約上労働の用意をなし、しかも労働の意思をもっているにもかかわらず、その給付の実現が拒否され又は不可能となった場合のことをいいます(同上 労働法コンメンタール)。

したがって、事業の全部又は一部が停止される場合にととまらず、特定の労働者に対して、その意思に反して、就業を拒否するような場合も含まれます。

休業は、全一日の休業であることは必要ではなく、一日の一部を休業した場合も含みます。

休業手当は、「休業期間』に対して支払いますので、労働協約、就業規則、労働契約により「休日」とされている日については、休業手当を支給する義務は生じません(昭和24.3.22 基収4077号)。

 

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一労働日に満たない休業の場合の休業手当の額

休業手当の支給は平均賃金の100分の60以上を保障する趣旨ですので、一部の支給される賃金と合算して、その日全体で平均賃金の6割以上とする必要があります。

一労働日の一部を休業した場合は、労働した時間の割合で既に賃金が支払われていても、その日につき、全体として平均賃金の100分の60までは支払わなければならず、実際に支給された賃金が平均賃金の100分の60に達しない場合には、その差額を支給しなければ本条違反となる(昭和27.8.7 基収3445号)。

まとめ

厚労省は、今回の新型コロナウイルス感染に関して、たとえ休業手当の支払いが法的に不要である場合であっても、就業規則等で何らかの手当支給の定めが望ましい、としています。

また、新型コロナウイルス感染症の拡大防止が強く求められる中、企業が自主的に休業し、労働者を休業させる場合、経済上の理由により事業縮小を余儀なくされたものとして「雇用調整助成金」の助成対象ともなり得るので、こうした助成の活用も考慮しながら休業中の手当水準や休業時間の設定等について、労働者の不利益の回避に努めてほしいとも述べています。

令和4年12月以降の雇用調整助成金の支給について

コロナ禍に関する場合でなくても、不可抗力で休業させる場合でも、何らかの手当を支給する条件などを就業規則等で整理しておくことが望まれます。

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