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精神疾患が疑われる社員に対し受診命令や休職・懲戒処分は可能か

職場で異常な言動を繰り返す社員について、本人が認めないものの、精神疾患を発症しているものと疑われる場合に、会社は医療機関への受診を命令できるのでしょうか。受診に応じず異常言動を繰り返す社員について、会社は一定期間にわたる無給の休職を命じることや懲戒解雇することは可能なのでしょうか

❶精神的な不調を抱える社員に対しては拙速な対応は禁物であること
❷受診拒否により問題行動の原因が精神的な不調によるものかどうか不確定なら能力や勤務の不良について懲戒処分対象とせざるを得ないこと
❸就業規則などに規定がなくても合理的・相当な理由があるなら受診命令できるができる限り規定を整備しておくべき
❹労務の提供があまりにも不完全なら制度がなくても無給の休職命令は可能であること

精神的な不調を抱える社員に対して拙速な対応は禁物

精神的な不調を抱えると思われる社員に対して、会社が拙速な対応をした結果、会社の行った退職処分が最高裁で否定された事例があります。

精神的不調者が、存在しない事実に基づく理由を述べて約40日間の欠勤に入ったことについて、これを懲戒事由の「正当な理由のない無断欠勤」に該当するとして行った退職処分は無効とした判例です(平24.4.27最高裁第二小法廷判決「日本ヒューレット・パッカード事件」)。

判決主旨

従業員が、自己の日常生活を子細に監視している加害者集団が職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを行っているとの認識を有しており、自分自身がこの被害問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめ使用者に伝えた上で、有給休暇を全て取得した後、約40日間にわたり欠勤を続けたなどの事情の下では、上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たるとはいえず、懲戒事由に当たるとしてされた諭旨退職の懲戒処分は無効である。
裁判所は、諭旨退職処分に至るまでに会社がなすべき対応を採らなかった事情を踏まえ、処分の効力を否定したのでした。
つまり、判決においては、
精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想され、欠勤の原因・経緯を踏まえると、使用者としては精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その結果等に応じて必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。
とし、本件の事情の下においては、欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず、欠勤が懲戒事由に当たるとしてされた処分は、就業規則所定の懲戒事由を欠き無効であるというべきである、と判示したのでした。
精神的不調者への適切対応
精神的不調者が欠勤する理由として挙げている事実が妄想に過ぎないことをもって会社が直ちに「無断欠勤」扱いにしたことについて最高裁はくぎを刺した訳です。
最高裁としては、会社は、例えば次のような対応を執るべきだと判断しているかと思われます。
①精神疾患が疑われる社員については産業医・専門医への受診勧奨
②その結果、異常な言動の原因が精神疾患によることが判明したらその治療を勧奨
③治療のために休職扱いなどを検討
④治療による健康回復状況を踏まえ職場復帰可能性等を検討
⑤会社の私傷病休業期間が満期を迎えても労務提供が不可能と判断されたら退職
などの段階を経た対応
精神疾患が疑われる社員に対しては、こうした順を追った対応をすることなく安直に懲戒処分することはないでしょう、と言っているようです。
ただ、現実には本人が精神的不調を認めず、受診にも応じず、断続的な欠勤や、職場内外での異常言動を繰り返すなどで業務に支障をきたす状況に至ると、会社としてはほとほと困ることでしょう。
次に、ていねいに対応した例を紹介します。

休職発令などせず解雇が認められた例

 

精神疾患により問題行動を起こしていると思われる労働者について、休業命令などせずに行った解雇が有効と認められた例があります。

職場で不適切な言動をとるようになった労働者について、会社は精神疾患による可能性を考慮し、産業医との面談、専門医の受診を命じたところ、心身症、適応障害、反応性うつ病などの診断がなされました。

労働者は継続通院を命じられたがこれに従わず、その後も長時間職場離脱や無断早退、業務ミス等問題を多発したので、会社は約8か月間でけん責処分、7日間の出勤停止処分、降格処分と再三の注意指導を行ったが改善がないとして最終的に解雇しました。

労働者は、配置替えや休職命令を採らなかったなどとして本件解雇は無効と主張した事件です(令和1.8.1 東京地裁判決「ビックカメラ事件」)。

判決主旨

労働者の言動が会社の業務に支障を生じさせたことは明らか、業務遂行能力や勤務状況は著しく不良であったというべき。
指導や懲戒処分を受けた後も業務遂行能力や勤務状況について向上、改善の見込みが認め難いというべきであり、他の部署で就業に適する状態になるものと認めることができず、配置転換をすべきであったとの主張は採用できない。
労働者には産業医との面談、精神科医の受診のほか、就業規則に基づき精神科医への受診及び通院加療を命じるなどしているのであるから、相当の配慮を行っていたものと認められる。
労働者から休職の申出があったことはうかがわれず、就業規則では業務外の傷病による欠勤が引き続き1か月を超えた又はこれに準ずる特別の事情に該当するときに休職を命じるとされており、診断書の提出が必要とされているところ、そうした事実は認められないから、これらの事情を考慮すると、休職の措置をとることなく解雇に及んだとしても解雇権乱用ということはできない。
本件は懲戒解雇ではなく普通解雇です。
これまでの勤務状況不良、能力・適性の欠如など処分対象となった行為も含めた数々の問題を解雇理由にしています。
受診命令に応じようとせず、通院加療もしない状況では、精神疾患が問題言動の原因であるのかは判然としません。
そこで、個々の問題行動について注意・指導を粘り強く繰り返し、改善がない場合には労働契約の解消もあり得ることについての警告もせざるを得ず、必要な懲戒処分も行い、休職命令に至らない場合であっても、勤務不良、能力・適性欠如を理由に普通解雇に至る、という可能性について参考になる事例です。
参考記事

解雇は会社からの一方的な契約解除なので、理由・背景はさておき、解雇をめぐり紛争が生じやすい面がありますので、解雇についての基本的ルールや考え方を整理しておきましょう。解雇が権利の濫用であれば無効となる労働契約法第16条には「解雇[…]

夕日の海岸を歩く女性
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合理性・相当性を踏まえ受診命令する

就業規則やこれに基づく健康管理規程などに健康回復を目的とする健康管理者の指示に社員は従う旨の規定がある場合には、この規定が合理的ならば労働契約の内容をなしており、これに基づく受診命令は健康回復という目的との関係で合理性・相当性があるなら、社員はその指示に従う必要がある旨の判例があります(昭61.3.13 最高裁第一小法廷判決「電電公社帯広局事件」)。

このように就業規則などに受診指示に従うべき旨の明確な規定がある場合には、それを根拠に受診命令が可能でしょうからさほど問題は生じないかと思いますが、それがない場合に労務担当者は困惑することでしょう。

こうした根拠規定がない限り受診命令を発することはどだい無理なのか、というとそうでもないと考えられます。

裁判事例

安全配慮義務は・・・当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの(昭50.2.25 最高裁第三小法廷判決「自衛隊車両整備工場事件」
会社が社員に専門医の診断を受けることを求めることは、労使間における信義則ないし公平の観点に照らし合理的かつ相当な理由のある措置であることから、就業規則等にその定めがないとしても、会社は受診を指示することができ、社員はこれに応ずる義務がある。単に就業規則等にその定めがないことを理由として受診に関する指示を拒否し続けたことは許されない(昭61.3.13 東京高裁判決「京セラ事件」

こうした裁判事例と労働契約法5条の安全配慮義務の規定を踏まえると、社員が精神疾患にり患していることが客観的に疑わしいときには、専門医への受診勧奨に応じず、異常言動を繰り返して業務上の支障をきたしている場合には、明文規定がなくても会社は受診を命じることが可能と考えられます。

使用者としては、その責務を全うする観点はもとより、適切な受診加療による早期の健康回復を期する観点からも、プライバシー保護も念頭に慎重を期した上で受診命令することは、合理性・相当性があると評価されるべきでしょう。

もっとも、その社員の家族も含め会社からの受診命令に反発してこれを拒否することもあり得ます。

命令は安易に発することはせず、産業医等と相談しながら対応すべきです。

できれば、社員の健康状態により、臨時の健康診断を受けることを命じる場合がある旨、かつ、その命令には社員は従う義務がある旨の就業規則・健康管理規程等を整備し周知しておくことが望ましい、と言えます。

就労できる状態にないのなら無給の休職命令も可能

就業規則などに

「私傷病による欠勤が〇〇日間に至ったときは、休職を命じることができる」
「心身の不調により業務継続が不適当と認められる場合には休職を命じることがある」

などの規定がある場合には、産業医等の意見も踏まえながら休職を命じることに合理的理由があるなら、その規定を根拠に休職を命じることにさほど問題は生じないことでしょう。

それがない場合に、労務担当者は困惑することでしょう。

休職制度がない場合においても、業務上の支障や疾病状況の増悪を避けるためにも、会社の安全配慮義務の履行の観点から、賃金を支給しながらの休職を命じることには特段の問題は生じません。

労働者には就労請求権はなく賃金を支払うこととするなら、相当の理由がある場合、使用者は業務命令として出勤を拒否できます。

では、就業規則等に規定がなければ無給の休職命令は発することはどだい無理なのかというと、そうでもないと考えられます。

債務の本旨に従った労務の提供

精神的不調により、労働契約における債務の本旨に従った労務の提供が期待できない状況であるならば、私傷病を理由とする無給の休職発令を行うことは可能と考えられます。

債務の本旨に従った労務の提供」について、これを説明する際によく引用される判例があります(平10.4.9 最高裁第一小法廷判決「片山組事件」)。

建設会社の工事部に配属し、建築の現場監督に就いていた従業員が疾病にり患したところ、会社は現場監督の業務は無理と判断し自宅治療命令を発しました。

これに対し従業員は、主治医の診断書をもって内勤は可能であると申し出ましたが。会社は認めず、不就労期間中は賃金不支給となったことから、従業員が賃金支払いを求めた事件です。

判決主旨

労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができかつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。
会社内で他部署他業務での就労を申し出ている場合には、この会社の合理的経営判断により配置の可能性を検討し、その現実的可能性がない場合には、労務の提供は受領できないとして休職を命じることができると考えられます。
精神的不調により真っ当な就労ができず、担当業務替えや配置換えを行ったとしても客観的に労務提供はほとんど困難であることが明らかな場合には、会社は労務の提供の受領を拒否するという対応も可能と判断されます。
休職制度に基づく休職ではありませんが、一定期間休職することを指示し、この場合には、会社は賃金の支給はしない対応となります(民法536条1項)。
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まとめ

精神疾患が疑われる社員に対する会社の対応の仕方としては、いくつかの裁判事例を踏まえると、次の対応になろうかと考えます。

1⃣ 精神疾患が疑われる社員については、産業医・専門医の受診を勧奨

2⃣ 社員が受診しない場合には、就業規則に私傷病を含む臨時の健診の実施規定があるならそれを根拠に専門医への受診命令を発する

3⃣ 受診命令する明文規定がない場合であっては、受診命令をすることの合理性・相当性があると判断できる場合なら命令を発する

4⃣ 受診結果を踏まえ、社内配置替えや担当業務の変更等の可能性を検討し、就労継続が困難と判断するなら私傷病欠勤や私傷病休職の対応を検討

5⃣ 本人が精神的不調であることを認めず、受診命令を拒否し、したがってそれが問題言動へ影響を及ぼしているのかが不明な場合は、個々の問題行動ごとに注意・指導、懲戒処分を行いつつ、改善されなければ勤務不良、能力・適性の欠如が認められるとして普通解雇を見据えることが可能

6⃣ 配置転換等や私傷病休職も拒否するなら、「債務の本旨に従った労務の提供がない」として解雇を含む処分可能性を検討

 

いずれにしても、就業規則には、必要なときには社員に専門医への受診、通院加療を命じることがある旨、これに対して社員は従う義務がある旨の規定を整備しておくこと、さらに、私傷病による勤務不良で業務に堪えられない場合には無給の休職を命じることができる旨の規定を整備しておくことで、会社の対応の根拠と選択範囲の広がりを得ることができ、異常言動を繰り返す社員に対する会社の対応負担が少し減るものと考えられます。
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