解雇は会社からの一方的な契約解除なので、理由・背景はさておき、解雇をめぐり紛争が生じやすい面がありますので、解雇についての基本的ルールや考え方を整理しておきましょう。
解雇が権利の濫用であれば無効となる
労働契約法第16条には「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定されています。
解雇権濫用法理のことです。
解雇については、労災により療養休業中であるとか産前産後休業中など法律で明確に禁止している場合はできませんが、たとえば、心身の著しい病状悪化などにより就労に耐えられないとか、重大な規律違反による場合とか、経営上人員削減が避けられない場合など客観的に合理的と評価できる理由が必要です。
とはいうものの、程度問題という面もあり単純ではありませんが、いくら労働基準法上の解雇手続を適法に実施したとしても、この解雇権濫用と判断されては解雇そのものが無効となります。
就業規則の定める解雇事由に該当したものの解雇は無効とされた事例がある
テレビラジオ放送会社のアナウンサーが寝過ごしたため定時ラジオニュースを放送できなかった事故を2週間内で2度起こしたことから就業規則の規定に基づき解雇したところ、そのアナウンサーは地位確認の訴えを行ったという事件があります(高知放送事件)。
最高裁判所は諸事情を考慮し、
本件については、アナウンサーには非があるが、悪意、故意ではないこと、先に起きてアナウンサーを起こす者も寝過ごしたこと、その者はけん責処分に処せられたに過ぎないこと、等諸事情を評価して判断していますね
就業規則の解雇事由の定めに該当していなければ解雇は無効か
就業規則の解雇事由の定めに該当していない場合であっても解雇が無効となるものではありません。
解雇事由を就業規則に規定する義務はありますが、それがすべてのあり得る事由を定めなければならないものか、それとも例示的な列挙で足りるのか疑問がわきます。
学説でも「限定列挙説」と「例示列挙説」の対立があるようです。
裁判例としては、「ナショナルウェストミンスター銀行事件」というものがありますが、経営上の戦略転換により担当の業務がなくなった行員を他に配属させる先がなかったので、特別退職金の支給による退職や関連会社への転換を提示したが全部断られたので解雇した事件です。
銀行の就業規則の解雇事由についての定めには、経営上の理由による解雇が列挙されていなかったのですが、裁判所は就業規則上の解雇事由に該当する事実が存在しなくても、客観的に合理的な理由があって解雇権の濫用にわたらない限り雇用契約を終了させることができる、としました(東京地裁平12年1月21日)。
勤務態度や能力の面で解雇が有効とされた裁判事例
従業員の勤務態度に問題があり解雇したところ、訴訟になったが、その解雇は有効とされた事例をみてみましょう。
旭化成工業事件(東京地裁 平成11年11月15日)
■ 研究所勤務の課長相当職の社員が、
上司から指示された業務を行わず、会社の組織批判を行い、上司を拒否し、書面による業務指示を受けてもそれは偽文書だとして指示に従わなかった
そのため、7日間の出勤停止処分が決定され、その通知書を渡そうとしたところ、その受領を拒否し就労を強行しようとしたことなどから、就業規則上の「勤務態度が著しく不良で、戒告されたにもかかわらず、改悛の情を認めがたい者」等に該当するとして諭旨解雇したもの。
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解雇は有効と判断
シンワ事件(東京地裁 平成10年3月3日)
■ 品質統括部長の社員が、
出退勤時刻を守らず、外出するときにも行き先や所要時間を知らせないことが多く、また、物品購入の領収書を提出し代金を請求するがその内容を説明せず、あるいは海外出張中の旅費の清算手続において、接待費目のタクシー代等として高額の請求をするも内容の説明を求められても納得のいく回答をしなかったこと等を理由に解雇したもの。
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行状の数々はその一つひとつを個別にとりあげる限り必ずしも重大な不都合とはいえないが、これらを全体としてみると、組織として活動している会社にとって決して看過できない事柄である、就業規則上の「著しく職務に怠慢で担当業務を果たし得ないと認めたとき」に該当するとしてなされた解雇は、解雇権濫用に当たらず有効と判断。
日本エマソン事件(東京地裁 平成11年12月15日)
■ システムエンジニアとしての技術・能力を備えた技術者として中途採用されたにもかかわらず、システムエンジニアとしての技術・能力はもとより、アプリケーションエンジニアとしての技術・能力も不足し、かつ、現場指導、教育訓練等をしても成果が上がらず、また、出勤状況・勤務成績・態度も不良で、改善努力を求めても改まらなかった
そのため、就業規則上の「勤務成績が不良で就業に適さないと認められるとき」に該当するとして解雇したもの。
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会社は種々の方法で当該社員の申述を聴いたほか、観察期間を設けて勤務態度等の改善努力の有無を観察する措置をとった上で解雇に及んだとして、解雇手続に違法はなく、解雇を有効と判断。
三井倉庫事件(東京地裁 平成13年7月2日)
■ 事務員として採用された新卒の女子社員が、頻繁にミスを繰り返し、上司の指導にもかかわらず、業務を覚える姿勢がなく、また、同僚に相談することなく勝手な処理をしてミスを繰り返した
そのため解雇したもの。
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多数の恒常的な成績不良等は、当該労働者の改善の余地のない、一般的な能力・適性の欠如を推認させるし、また、ミスの中には、宛名の二社併記など通常では考えられないもの、ミスを指摘して訂正させたにもかかわらず、訂正後さらに誤りがあるもの等態様の重いものが相当数含まれており、これを他の従業員の負担においてカバーすることを続ければ、職場全体の意欲や規律の低下を招くおそれがある、当該女子社員は能力や適性を著しく欠いており、普通解雇事由が存するとし、解雇は有効と判断。
勤務態度や能力の面で解雇が有効とされた裁判事例から言えること
以上の事例からは以下のように整理できます。
●勤怠不良等の回数、程度、期間、態様(やむを得ない理由の有無なども)
●職務に及ぼした影響
●使用者からの注意、指導と当該従業員の改善の見込み、改悛の度合い
●当該従業員の過去の非行歴や勤務成績、過去の先例の存否
等を判断要素として解雇の有効性が判断される。
解雇無効の判決と対比することも重要
解雇が有効となった裁判事例をみてきましたが、解雇無効の判断をした裁判の事例(こちらの方が多い?)から見えることは次のとおりです。
●解雇の理由が会社の就業規則に定める解雇事由に該当しない
●他の制裁処分の場合や、同種の行為を行った他の者との処遇と比較して著しく均衡を失している
●解雇理由について労働者の弁明の機会を与えていない
●解雇に至るまでの会社の態度や対応の態様や経緯、解雇告知の方法等が信義に反し、かつ、不誠実なものであり、社会的相当性を欠くもの
等により、解雇が解雇権濫用に当たり無効と判断される例があることに注意です!
経営上、人員削減が避けられない場合などに行う雇用調整は慎重に
経営上の理由によりどうしても雇用調整をせざるを得ないとなった場合には、解雇権濫用法理を踏まえ、適切に対処する必要があります。
最終的に、経営上の理由で何人かを解雇(会社都合解雇)せざるを得ないにしても、それまでに実施すべき対応がいくつかあります。
▶役員報酬カット
▶残業抑制
▶一時帰休
など急激な景気悪化などに際し、労務軽減、在庫調整など一定期間における緊急的措置であって、人員削減にまで至らない調整段階があります。
それでも雇用調整に踏み込むことが避けられない場合には次の対応として、他の事業所への配転、関係企業への出向、籍を離れ他社へ転籍することの検討となるでしょう。
配転命令権が認められている場合であっても、
には、配転命令は権利の濫用として無効になることに注意する必要があります(労契法3条5項)。
・病気の家族3人の面倒を自ら見ていた場合
・病気の子供2人と近隣に住む体調不良の両親の面倒を妻と2人で見ていた場合
・重度の皮膚炎の子供2人を共稼ぎの配偶者とともに看護していた場合
などが裁判事例としてありますね。
最高裁判決では、別居(単身赴任)や長時間通勤を一般に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」とは認めませんが、育児・介護休業法第26条制定等を機に、下級審では、労働者が家族の介護等の家庭的責任を負う場合には配転命令権の濫用を認める傾向にある、と指摘している学者もいます。
出向命令が権利の濫用に当たらないといえるのは、次の事項を満たす場合といえます。
❷出向対象者の選定に不当性がないこと(出向対象者の人選の合理性)
❸労働条件において著しい不利益を受けるものではないこと(不利益の程度)
❹手続に不相当な点がないこと(手続の相当性)
【最高裁二小判平15.4.18新日本製鐵事件】
解雇するには予告期間又は予告期間に代わって予告手当の支払が必要
労基法20条1項本文では、『使用者は労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない』と定めています。
解雇予告手当の支払い時期はいつか
予告期間を置かず予告手当も支払わない即時解雇は有効?
予告なしに解雇した場合に休業手当の支払は?
予告することなく解雇し、労働者は該解雇を有効であると思い離職後相当日数を経過し他事業場に勤務し、相当日数経過後該事実が判明した事案について、
予告手当の支払いに時効はある?
予告手当と他の債務との相殺はできる?
まとめ
解雇は労働基準法の規制のほか、関連する判例も多いですし、労働契約法にも解雇権濫用法理について規定されていることから、どの企業も解雇に当たっては慎重な検討を要することは知っていることでしょう。
が、現実にその局面になると双方とも感情的になりがちで、冷静に対応できない場合があろうかと推察されますが、整然と、粛々と段階を経て進めていくことでリスクを避ける努力をすることに尽きます。
なお、解雇に限らず懲戒処分(特に私生活上の非違行為に対する制裁)の可否については次の記事をご覧ください。
会社の休日などで全く仕事と無関係な私的生活の中で刑事事件を起こし逮捕されたような従業員について会社が懲戒処分をする場合がありますが、それが無効と判断されることも少なくありません。どんな場合に会社の行う懲戒処分が否定され、どんな要件を満た[…]
❷配転命令が不当な動機、目的に基づく場合
❸労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を及ぼす場合