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定年退職後の給与等が合意できず再雇用契約を拒否された会社は?

60歳定年制を採用している会社が、65歳までの雇用確保のため継続雇用制度(再雇用制)を導入しているものの、再雇用に当たっての労働条件が定年前より劣っているとして、定年退職者が再雇用契約を結ばなかった場合、会社の責任はどうなるのでしょうか。

定年退職者の雇用確保義務

65歳未満の定年の定めをしている事業主は、その従業員について65歳までの安定した雇用を確保するため、定年引上げや継続雇用制度の導入、定年制の廃止のいずれかの措置を講ずる義務があります(高年齢者雇用安定法9条1項)。

そこで、定年退職者について、1年間の有期雇用により再雇用することとし、これを65歳に達するまで契約更新する制度を採用している場合、賃金等の労働条件が定年前と比べ劣っていることがあります。

定年退職者が継続雇用は望んでも会社が提示した労働条件に納得いかず、有期雇用である再雇用契約の締結を拒否したことが、会社の高年齢者雇用安定法違反に当たると言えるのでしょうか。

仮に、法違反となれば、行政から指導、勧告等され、果ては会社名の公表にまで至る可能性もあります(高年齢者雇用安定法10条)。

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求められるのは雇用確保制度であり労働条件には幅がある

高年齢者雇用安定法の解釈について次のQ&Aが厚労省から示されています。

高齢法改正に関するQ&A

本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。
高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。
合理的な範囲の労働条件を提示
高年齢者雇用安定法が義務付けているのは「65歳までの安定した雇用を確保する措置」であって、労働条件に関しては直接触れていません。
会社が「事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示」しても、定年退職者が納得せずこれに異を唱え雇用契約の締結を拒否した場合には、事業主は少なくとも高齢者雇用安定法9条の違反は問われないこととなります。
逆に言えば、会社が提示する労働条件が「事業主の合理的な裁量の範囲の条件」に該当せず、到底受け入れ難いものであるなら、「65歳までの安定した雇用を確保する措置」は形だけであるとして、実質的には法違反だと判断されることでしょう。
そのことに関連した裁判があります。
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継続雇用の実質を欠いた全く別種の業務は提示できない

定年退職者が再雇用に当たって提示された職種が、到底受け入れ難いような内容であったので、その契約を拒否したところ再雇用されなかった労働者が慰謝料等を求めた事件があります。

トヨタ自動車「定年再雇用後の職種変更」事件(名古屋高裁判決 平成28.9.28)

会社は、60歳定年まで事務職だった労働者について、再雇用時に会社が決めていた一定の基準を満たさなかったことから、パートタイム労働者として清掃業務等に就くことを提示しました。
1年間の有期雇用であり、業務内容は、シュレッダー機ゴミ袋交換、再生紙管理、業務用車清掃等単純労務職としての業務内容で、所定労働時間は4時間、時給1,000円で定年前の年収約970万円に対して再雇用後は賞与も含め年収約127万円、という提示でした。
名古屋高裁判決
高年齢者雇用安定法の趣旨からすると被控訴人会社は、控訴人に対し、その60歳以前の業務内容と異なった業務内容を示すことが許されることは言うまでもないが、両者が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には、もはや継続雇用の実質を欠いており、むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから、従前の職務全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである。
提示した労働条件が、無年金、無収入の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような定額の給与水準であったり、社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては、当該事業者の対応は、法の趣旨に明らかに反する。
として、パートタイム労働者として雇用されたら得られたであろう給与相当額の賠償を認めました。
会社は、再雇用に当たって定年前と違った業務内容を提示する裁量は認められますが、解雇してあらためて新規採用したに等しいような「継続雇用の実質を欠いている」ような業務内容を提示することは許されないとしています。
社会通念に照らし到底受け入れ難い業務内容を提示することは実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められず、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する違法なものと判断され得る。

労働条件の継続性・連続性が欠ける合理的理由が求められる

再雇用に当たって提示した条件が合理的理由に欠けており違法とした裁判事例もあります。

著しく低廉で不合理な労働条件しか提示しなかったことは再雇用の機会を侵害する不法行為だとして損害賠償等を求めた事件です。

九州総菜「大幅賃金減額を伴う再雇用条件提示」事件(福岡高裁判決 平成29.9.7)

会社は、高年齢者雇用安定法に定める継続雇用制度に基づく定年後再雇用として、勤務日が週3日または4日、給与水準が従前の約25%となるパートタイム労働契約を提示しました。
社員はフルタイム勤務を希望したため、雇用契約書を交わすに至りませんでした。
福岡高裁判決
法に基づく高年齢雇用確保措置を講じる義務は、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるといった私法上の効力を有するものではないものの、・・・例えば、再雇用について、極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に反した違法性を有するものであり、上記措置の合理的運用により65歳までの安定的雇用を享受できるという法的保護に値する利益を侵害する不法行為となり得ると解するべきである。
その判断基準については、安定雇用確保の措置である定年引上げや定年制廃止は、当然に労働条件の変更を予定ないし合意するものではないことからすれば、継続雇用制度についても、これらに準じる程度に、定年前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当
大幅な賃金ダウンを伴う再雇用条件の提示はその合理的理由が存在しないことから不法行為に当たり違法であるとして、慰謝料100万円の支払いを命じました。
例外的に、定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける(あるいはそれが乏しい)労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるためには、この提示を正当化する合理的な理由が存することが必要であると解する、という判断を示したのです。
65歳までの安定的雇用を享受できる利益を侵害したと判断されれば不法行為となり得る。
定年前後と継続性・連続性に欠ける(それが乏しい)労働条件の提示を正当化する合理的な理由が存する必要がある。
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まとめ

 

定年後の高年齢者の雇用確保措置として継続雇用(再雇用)契約を締結する際は、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるといった私法上の効力はありません。
65歳までの安定的雇用を期待することは法律上保護される利益といえますので、これを侵害したと判断されると不法行為となり得ます。
したがって、
社会通念に照らし到底受け入れ難い業務内容を提示することは、実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められず違法と判断され得ること
定年前後と継続性・連続性に欠ける(それが乏しい)労働条件を提示するには、これを正当化する合理的な理由が存する必要があること
等の司法判断が見受けられますので、定年後再雇用の労働条件については、こうした観点を踏まえて慎重に設計することになります。
本記事では、パート・有期雇用労働法8条(または旧労働契約法20条)で規定する「同一労働同一賃金」の争いについては触れませんでしたが、定年後、有期雇用契約やパートタイム労働契約の締結をする場合には、通常労働者の処遇と比較して不合理と判断されないよう、関係判例も意識しながら整理する必要があります。
参考記事

労働者を雇う際には、労基法の定めにより、契約期間や労働時間の長さによらず、誰に対しても労働条件を明示する必要があります。特に、パートタイム労働者や有期雇用契約の労働者については、さらに『短時間・有期雇用労働法』の適用があり、その法律によ[…]

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