2020年10月13日と15日に「同一労働同一賃金」に関連する重要な最高裁の判決が相次いで出ました。
判決当時にはすでに法が改正され、今は存在しない旧の労働契約法第20条に関する訴訟ですが、非正規労働者と正規労働者との待遇の相違が不合理か否かについて争われたのでした。
大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、日本郵便(東京、大阪、佐賀)事件の3事件に関する判決なのですが、その2年前の2018年6月1日に、同様に待遇の相違が不合理か否かを争った長澤運輸事件とハマキョウレックス事件の最高裁判決と合わせてみていくと、「同一労働同一賃金」に関する最高裁の考え方が分かります。
日本には「同一労働同一賃金」を規定した法律はない
2018年6月の最高裁判決で既にはっきりしているのですが、
旧労働契約法20条の趣旨は「無期契約労働者と有期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される」ということです。
旧労契法20条はストレートに「同一労働同一賃金」なる概念を規定しているものではないと言っているわけです。
政府は当然それは承知しており
「我が国が目指す同一労働同一賃金は、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の不合理と認められる待遇の相違及び差別的取扱いの解消……を目指すもの」
という表現をガイドラインでは使っていますので、同一…は言わばスローガンではあって、法律の規定はあくまでも無期契約と有期契約の労働者間の均衡待遇を実現するための規定であるということです。
2018年6月の最高裁判決ではっきりしたこと
2018年の最高裁判決では、正規労働者と非正規労働者との待遇の相違について旧労契法20条に関連した重要な考え方が示されました。
労働契約法20条は私法上の効力がある
20条は訓示規定ではなく、私法上の効力を有するものと解され、有期契約労働者のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となると解される、としています。
ここで、違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるのではないと解するのが相当、としておりますので、「違法=常に比較対象労働者と同じ待遇にしなければならない」わけではないということです(労契法20条の補充的効力は否定)。
法の『期間の定めがあることにより』の解釈は?
法は「期間の定めがあることにより」労働条件が相違している場合にその不合理性を判断するとしていますが、この「期間の定めがあることにより」は有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当、としています。
期間の定めの有無に関連して労働条件を規定する就業規則の適用にも違いが生じるわけなので、ストレートに期間の定めの有無そのものを根拠にした諸手当の相違、という狭い捉え方はしないということですかね。
相違が不合理か否かの判断に当たって考慮する『その他の事情』はどこまで考慮する?
旧労契法20条は、労働条件の相違が不合理か否か判断する際には、「職務の内容」と「職務の内容と配置の変更の範囲」と三つ目に「その他の事情」を考慮して評価することを求めています。
最高裁は「その他の事情」については、他の二つの考慮要素である職務の内容や変更範囲に関連する事情に限定すべき理由はない、としています(あくまでも、旧労契法20条については、です)。
長澤運輸事件では、定年退職した労働者が退職金を受け再雇用されたのですが、そのことも考慮される事情であるとしています。
不合理性の判断に当たっては、全体的な評価だけでなく個々の賃金項目ごとに判断すべき
不合理性の判断においては、賃金の総額だけで判断するのではなく、賃金項目の趣旨によりその考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきであるから個々の賃金項目を個別に考慮すべきものと解する、としています。
『不合理と認められるものであってはならない』とは「合理的でない」ことか
「不合理と認められる」とは、労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当、として、「合理的とは言えない」という「消極的な不合理」というのではなく、ずばりはっきりと「不合理だ」と断定されて初めて違法となるということです。
2018年の最高裁判決による教訓
長澤運輸事件とハマキョウレックス事件において得られた教訓としては、
1⃣ 均衡・均等待遇については個々の手当ごとに判断されるという枠組みが明確化されたことから、個々の手当の性質・目的に沿って不合理性を判断する必要があること
2⃣ 定年退職し再雇用されたことはその他の事情として考慮されるが、
❶企業が小規模、
❷定年後の給与水準は定年前と比べ概ね2割程度しか減少していないという事情や、
❸何度も労働組合と協議しながら給与制度を構築してきたという経緯があること、
❹老齢厚生年金報酬比例分が支給されるまでの穴埋めとして調整給も支給されている
という事情も考慮されて判断されているということに留意する必要があるということです。
定年後は定年前より給与水準が下がっても問題ないといった単純な判断ではないということですね。
では、いよいよ2020年10月の最高裁判決をとりあげましょう。
2020年10月の最高裁判決ではっきりしたこと
2018年6月の最高裁判決を踏襲しつつ、さらにはっきりとしてきた点があります。
2020年10月の最高裁判決は2018年6月判決の考え方と旧労契法20条をさらに合体させて判断枠組みを示した
1⃣ 2018年6月判決では賃金、手当の相違が中心でしたが、2020年10月判決に関する事件では、賞与や退職金のほか、病気休暇、夏季冬季休暇、勤続褒賞なども判断対象となりました。これら賃金以外の労働条件の相違が不合理か否かの判断に当たっては、その性質や支給することとされた目的を踏まえ労契法所定の諸事情を考慮する、としています。
2⃣ 比較する労働者に関しては、一般的な正社員ではなく、訴訟の原告が指定した無期契約労働者との比較を行うとし、ただその比較対象である無期契約労働者につながる多くの正社員の存在も考慮事情のひとつとして判断する、としています。
3⃣ また、これまでも様々なところで言われてきた「有為人材確保論」は「正社員人材確保論」という表現で、使用者の主観的な「目的」ながら賞与と退職金に関しては強く考慮している点です。
4⃣ 有期契約労働者を部内試験などで正社員に登用する制度の存在は、「その他の事情」として考慮されているという点も特徴的です。
賞与、退職金については正社員人材確保論をとり相違は不合理ではないとした
これまで高裁段階では、賞与の相違について不合理であるとの初めての判断が大阪医科薬科大学事件で、退職金の相違について不合理であるとの初めての判断がメトロコマース事件であったのですが、最高裁は職務の内容等の相違のほか、正社員の人材確保という目的があるとして、相違の不合理性を否定しました。
ただし、退職金に関しては(メトロコマース事件)、裁判官の2名から補足意見、1名からは反対意見が表明されています。
退職金に関する補足意見
退職金は支給の有無や方法等について、労使交渉などを踏まえ賃金体系全体を見据えた制度設計がなされるのが通例で、原資を長期にわたり積み立てるなどの用意が必要。
社会経済情勢や経営状況動向にも左右される制度の構築には、使用者の裁量判断を尊重する余地は比較的大きい。
労使交渉を経るなどして有期・無期契約労働者との職務内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことが法の理念に沿う。
といった意見を述べ、企業型確定拠出年金や個人型確定拠出年金加入・協力、一定の退職慰労金支給などもあるでしょう、と今後の企業における実務上の参考になる意見も述べておられます。
退職金に関する反対意見
退職金の不支給について不合理であるとする反対意見もありました。
退職金は継続的勤務等に対する功労報償の性質がありこれは有期契約社員にも当てはまる。職務内容の異動など制度上の相違が正社員と有期契約社員との間ではあるが大きな相違ではない、退職金の性質一部は有期契約社員にも当てはまるから、高裁判決の言う4分の1相当額すら支給しないことは不合理と判断した高裁の判断は是認できる、と述べました。
学者の批判的意見
世間が注目した退職金と賞与の相違が不合理か否かを争った事件でしたが、その二つとも最高裁は不合理とは言えないという判断を、特に人材確保の目的を強調して行ったと思われる点で、学者から批判的意見も聞かれます。
諸事情を考慮するに恣意が入り込んでいるのでは?
裁判を起こした当時の旧労契法20条では、不合理性の判断の際に必要な考慮要素は3項目が規定されていました。
その後の法改正によりパートタイム有期雇用労働法8条に統合されていったところで、その規定は『「職務の内容」「当該職務内容及び配置の変更の範囲」「その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるもの」を考慮して不合理と認められる相違を設けてはならない』という規定になりました。
つまり、新法の規定では、性質、目的に関連した考慮範囲は無限定ではなくこれらの範囲に限定されるので、今回の最高裁の旧労契法20条についてすべての諸事情を考慮したことは、現行法の構成にはそぐわない判断ではないか、という批判です。
すべての事情を考慮することのデメリットとして、複雑でわかりづらくなるというほか、判断者の恣意が入り込む余地がある、という批判です。
いずれにしても、旧労契法20条と改正法のパートタイム有期雇用労働法8条の規定は微妙に違うということを認識しておいたほうが良い、と言えそうです。
労働契約法は強行法規なので当事者の主観は排除されるべき
もう一つの批判は、使用者の主観的な目的(人材確保)を考慮・重視したことについて、強行法規の性質からはあくまでも客観的な性質、目的を考慮すべきところ、最高裁の判断はそうなっていないという批判です。
ただ、最高裁が退職金と賞与に関する不合理性を判断するに使用者の「正社員の人材確保の目的があること」に理解を示したのは、長期にわたる勤務経験による能力向上等と賞与や退職金がつながる側面を重視したとも考えられます。そこで人材確保論につながるわけです。
正社員登用制度の存在は重要?
制度があり実績もある場合には、不合理性を否定する要素にはなり得るけれど、正社員になりたくない人にとっては、この制度の存在は過大評価すべきではないとの見方です。
正社員登用制度の中身が企業によってまちまちでしょうが、待遇の相違が嫌なら内部試験を受けて正社員になればいいでしょう、という風にとらえると、待遇の相違に関してまじめに吟味しているとは言えない気がします。職務内容、責任の程度、労働態様、異動範囲など種々の労働条件の相違の反映を超える待遇の相違を生じさせないよう怠らずに処遇の整備を図ることが肝要なのでしょうね。
病気休暇、扶養手当、住宅手当など諸手当や制度の相違の不合理性判断
2020年10月の最高裁判決と、上告段階で訴えが排除されるなどで判断が確定した諸手当などについては次のとおりです。
長期継続勤務が期待されその生活保障や福利厚生を図り生活設計等を容易にさせる(療養に専念させる)ことを通じて継続雇用を確保する目的で付与しているものは、相応に継続勤務が見込まれる有期契約労働者にも妥当する(相違は不合理)
◆扶養手当
◆病気手当・私傷病欠勤中の賃金保障
職務内容等を離れて福利厚生、生活保障等の目的、支給の趣旨目的からは勤続期間等に関わらず有期契約労働者にも妥当する(相違は不合理)
◆年末年始勤務手当
◆年始期間の祝日給
◆夏期冬期休暇
◆住宅手当・住居手当
◆休日給・早出残業手当(割増率の相違)
◆勤続褒賞
◆皆勤手当
◆無事故手当
◆作業手当
◆給食手当
まとめ
有期契約労働者については、その勤務期間が有期とはいえ、契約更新を重ねることで、もはや使用者が継続勤務を期待していると客観的に評価されてしまうので、正社員も長期継続勤務を期待されているという点でそんなに差がないでしょうから、継続勤務を期待しての支給なら差をつけるのはどうですかね?となるわけです。
また、特定の時期(繁忙期や年末年始など)に勤務したこと自体で支給されるような手当は契約期間の長さや責任の程度や異動範囲などとも無関係に支給されていると評価され、有期契約労働者にも同様な支給をすべき、となります。
さらに、制度が形骸化しており一定期間勤務したことが支給の要件となれば、その要件に該当する有期契約労働者にも支給しないと不合理ですね、となります。
結局、賞与と退職金についてはまだ宿題が残ったような気がします。
改正法のパートタイム有期雇用労働法第8条の考慮範囲の規定ぶりからは、都合の良い考慮事情だけかき集めて待遇の相違が不合理とはいえない根拠があると主張することが難しくなるような気がしています。
安倍政権がいみじくも発信していた「この国から非正規労働者という言葉をなくす」のスローガンは正当であり、全労働者は皆正規労働者であるが、種々の働き方に応じて処遇の違いがあり、それも均衡のとれた処遇とする必要がある、という理想の労務管理を目指したいものです。