こんにちは 『ろうどうブログ』は労働法に関する記事を中心に構成されています。
ひまわり畑に向かって髪を整える女性

無期雇用転換だけでは同一労働同一賃金に反した格差は是正されず

ひまわり畑に向かって髪を整える女性

パートタイム・有期雇用労働者の待遇と、通常の正社員の待遇との間に不合理な相違を設けてはならない旨のいわゆる同一労働同一賃金ルールがあります。では、雇用契約を有期から無期に転換すれば、フルタイムの無期雇用者はもはや有期雇用には当たりませんので、このルールは適用されず、そうすると不合理な待遇格差の問題は消滅し、格差是正のために差額を支給すべき会社の義務も消滅することになるのでしょうか。

無期転換した労働者に適用される就業規則を制定しただけでは済まない

有期雇用労働者について、正社員と比べて不合理な待遇格差となることは法律で禁止されています(パートタイム・有期雇用労働法8条、改正前の労働契約法20条)。

 

あくまでも、有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の待遇格差が問題であり、無期雇用労働者同士の待遇差についてはこの法律は規制していません。

 

したがって、有期雇用労働者がフルタイムの無期雇用に転換すれば、この法律は適用されませんので、待遇格差問題は消滅してしまう、と考えるのも自然です。

 

しかし均等・均衡ルールの法規制の適用がなくとも、無期転換した労働者に適用される就業規則が合理的なものでない場合には、そうした就業規則の制定のみをもって差額の支払い義務を免れることはできないとの判例があるのです。

 

無期転換後の就業規則の合理性判断次第で不合理な待遇格差に対する差額支給の是非が決まる

最近、二つの裁判でこのことが確認されています。

 

●井関松山製造所・ファクトリー事件(最高裁 令和3.1.19第三小法廷判決)
●ハマキョウレックス無期転換事件(大阪地裁 令和2.11.25判決)

 

です。

 

この二つの裁判では、勤務期間が5年を超えた有期契約労働者が、労契法18条1項に基づき有期雇用から無期雇用に転換した後に適用される就業規則に関して司法判断がありました。

 

……契約期間を通算した期間が5年を超える労働者が……期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。

 

井関松山事件では、有期雇用における不合理な待遇格差を是正しないまま、各種手当の支給に関する限り有期雇用契約と同一内容(不支給)の無期転換者向けの就業規則を適用することとしました。

 

 しかし、その無期転換後に適用されるとした就業規則の規定の合理性は認められないとして効力が否定され、無期雇用に転換した後の期間についても、不合理な待遇格差に対する差額支給の義務があるとしました。

 

ハマキョウレックス事件では、有期雇用における不合理な待遇格差を解消した上で、有期雇用者に適用されていた契約社員就業規則を無期転換者にも適用する旨の規定の合理性を認め、正社員就業規則の適用は否定し、正社員との賃金差額の支給義務はないとしました。

 

 

広告

無期転換後の労働条件は有期労働契約の労働条件と同一で構わないが合理性が問われる

勤務5年を超えた有期雇用労働者が申込みをすることで、無期雇用に転換できるとするのが、労働契約法18条1項の規定です。

 

これに基づき、無期転換権を行使して無期雇用となった際の労働条件については、期間の定め以外は、『現に締結している有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件とする』とされ、例外的に『別段の定めがある部分』があればその定めによるとされています(労契法18条1項第2文)。

 

……この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

 

二つの事件では、どちらの会社もこの労契法の規定に沿って、雇用期間だけを有期から無期に転換し、その他の労働条件はそれまで有期労働契約者に適用されていた就業規則の規定と同等の規定を適用することとしました。

 

しかし、その就業規則の規定の効力について評価が分かれたのでした。

 

 両者で大きく違う点は

 

❶井関松山事件では、有期労働契約における待遇格差の内容がそのまま反映された就業規則を適用することとなったこと

❷ハマキョウレックス事件では、有期労働契約における待遇格差を是正した結果、是正内容が反映された就業規則を適用することとなったこと

 

の違いです。

 

 

 

 

裁判により、有期雇用における待遇格差は不合理であるとの違法判断がされた結果、待遇格差の内容がそのまま反映された就業規則は合理的なものとは判断されず、一方で、既に是正された内容が反映された就業規則は合理性があると判断された、という全く違った結論になったのです。

 

無期転換により均等・均衡ルールが直接適用されなくなるにも関わらず、有期雇用における不合理格差の是正状況が無期転換後に適用される就業規則の合理性判断に大きく影響する結果となりました。

 

以上のことから、次のことが言えそうです。 

 有期雇用において不合理な待遇格差であると問題視された際に、慌てて無期雇用契約に変更したとしても、無期転換後に適用される就業規則で定める労働条件の内容次第では、問題が解決しない可能性がある。
 有期雇用における不合理な待遇格差を解消してのことなら、有期雇用が適用される就業規則を、雇用期間を除いて、無期転換後も引き続き適用するとしてもその効力は否定されない。

 

ハマキョウレックス事件では、次のような解釈も示されました。 

 

【法律は無期転換後の契約内容を正社員と同一とすることを当然に想定したものではない】

 無期転換後に契約社員就業規則を適用することは、正社員としての地位を得るとの合理的期待を侵害しているとの労働側主張に対し、
   
『そもそも労契法18条は、期間の定めのある労働契約を締結している労働者の雇用の安定化を図るべく、無期転換により契約期間の定めをなくすことができる旨定めたものであって、無期転換後の契約内容を正社員と同一にすることを当然に想定したものではない。』   

 

【無期転換後でも有期雇用と同一の労働条件とする旨の就業規則の改定は不利益変更に当たらない】

 無期転換後の労働条件を無期転換前のそれと同一とすることを定めた契約社員就業規則(無期契約社員規定)の改定について、労働条件の実質的な不利益変更に当たるので、労契法10条の類推適用により無効であるとの労働側主張に対し、

『労契法18条1項第2文と同旨のことを定めたにすぎず、無期転換後の労働者らに転換前と同じく契約社員就業規則が適用されることによって、無期転換の前後を通じて期間の定めを除き、労働者らの労働条件に変わりはないから、無期契約社員規定の追加は何ら不利益変更に当たらない。』
  

 

【無期転換後の労働条件が正社員と均衡を欠くことをもって正社員就業規則が適用されることにはならない】

正社員就業規則と契約社員就業規則が別個独立のものとして作成されていることを踏まえ、

『無期転換後の正社員との労働条件の相違が均衡を欠き労契法3条2項、4項、7条に違反すると解された場合であっても、契約社員就業規則の各条項に違反する部分が労働者に適用されないということに過ぎず、正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。』   

 

参考記事

1年ごとに更新する有期労働契約の社員について、最後の契約期間の終期を正社員に適用される定年制と同様な定年日(例えば60歳到達月の月末)までとする制度とした場合、通算した契約期間が5年を超えたとしても、定年退職者として無期転換の対象から外して[…]

  

事件概要

二つの事件の概要をもう少し詳しくみてみましょう。 

広告

井関松山事件

有期契約社員であった者たちが、正社員との不合理な待遇格差が違法(改正前の労契法20条違反)であるとして、正社員に支給され有期契約社員には支給されていなかった各種手当相当額の損害賠償請求を行いました。

 

結果的には、賞与を除き、家族手当、住宅手当、精勤手当の不支給は不合理と判断されました。

 

ところで、無期転換後の期間も請求対象に含まれていたことから、会社は無期転換者は各種手当を支給しない旨定める「無期転換就業規則」の適用を受けるため、無期転換後の期間については、差額請求の理由がないと主張しました。

 

裁判所は

正社員に適用される就業規則とは別に制定した無期転換就業規則について、

 

❶同規則は各種手当の支給に関する限り有期契約社員の労働条件と同一である

❷会社が同規則制定に当たって労働組合と交渉したり、当事者が同規則に定める労働条件を受け入れたことを認めるに足りる証拠はない

❸会社はそれにもかかわらず不支給を定めた同規則の合理性について特段の立証をしていない

 

以上から、

・各種手当を不支給とする定めについて合理的なものであることを要するところ(労契法7条)、

・この規則の制定のみをもって、無期転換後の各種手当に相当する損害金の支払義務を負わないと解するべき根拠は認めがたい

 

として、無期転換後に適用される就業規則の規定の合理性を認めず、したがって、その就業規則に定める労働条件(各種手当を支給しない旨)は契約内容とはならないことを示しました。

 

 裁判所は明示していませんが、有期雇用契約における諸手当不支給といった不合理な待遇格差は不法行為に当たると認定されたところ、
無期転換後に適用される就業規則については、有期雇用契約において諸手当が支給される定めであるべきことを前提に、この内容に相当する労働条件が含まれるべきものと解しているかのようです。

 

ハマキョウレックス事件

有期契約社員であった者たちが、正社員との不合理な待遇格差が違法(改正前の労契法20条違反)であるとして、正社員に支給され有期契約社員には支給されていなかった各種手当の差額支払等を求めました。

 

結果的には、賞与、退職金等を除き、無事故手当、作業手当、給食手当、皆勤手当、通勤手当の支給の相違は不合理と判断されました(最高裁 平成30.6.1第二小法廷判決、差戻審大阪高裁 平成30.12.21判決)。

 

最高裁判決後、有期契約社員は労契法18条1項に基づき無期転換しました。

 

既に、契約社員就業規則には

「無期転換社員の労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く)と同一の労働条件とする。ただし、無期契約社員との合意のうえ、異なる労働条件を定めることができる」

という無期契約社員規定が追加されていました。

 

さらに、契約社員就業規則には各種手当支給については規定されていないものの、待遇格差事件の判決を受けて支給の相違が不合理と判断された手当額を時給換算しそれを賃金に組入れる対応を行っていました。

 

無期転換社員は、無期パート雇用契約書を交わしましたが、そこには無期転換後の労働条件は「契約社員就業規則による」旨の記載がありました。

 

ところが、無期転換社員らは、無期転換後に正社員より不利な労働条件を設定することは「均衡考慮の原則」(労契法3条2項)及び「信義則」(同条4項)に違反し、合理性の要件(労契法7条)を欠くと主張し、無期転換後は正社員就業規則の適用を受けるべきであるとして、正社員との賃金差額の支払いを求めたのでした。

 

裁判所は

❶有期の契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来会社の中核を担う人材として登用されることも予定されていないという正社員との違いがあり、無期転換の前後でそれらについて変わるところがない

❷無期転換後の労働者と正社員との労働条件の相違も、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り、労契法7条の合理性の要件を満たしているということができる

 

として、契約社員就業規則は労契法7条でいう「合理的な労働条件が定められている就業規則であれば労働契約の内容はその就業規則で定める労働条件による」ものに当たるとしました。

 (その他の争点等については既に記載したとおりです。)

 

 労契法7条の合理性判断に関して、「同一労働同一賃金の判断基準(改正前の労契法20条、現行のパートタイム・有期雇用労働法8条)の判断手法や基準と同じものを持ち込むのは問題ではないか。

 労契法7条の合理性の審査においては事案全体の経緯等を踏まえて慎重な検討が必要」(令和3年6月21日付け労働新聞「最新労働判例」石井妙子弁護士)との指摘もあることをご紹介させていただきます。

 

同一労働同一賃金に関しては、まだまだこれからの判例の集積を待つ必要があろうかと考えられます。

ひまわり畑に向かって髪を整える女性
最新情報をチェックしよう!

労働法をもっと理解したい

職場で生じる人事労務に関する問題やトラブルに的確に対処するには、基本的なルールと判例、行政通達の理解が欠かせません。不安や疑問の生じた際などに当ブログを手軽にチェックしてみてください。

CTR IMG