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私生活で刑事事件を犯した従業員を懲戒処分しても無効となる場合

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会社の休日などで全く仕事と無関係な私的生活の中で刑事事件を起こし逮捕されたような従業員について会社が懲戒処分をする場合がありますが、それが無効と判断されることも少なくありません。どんな場合に会社の行う懲戒処分が否定され、どんな要件を満たすと肯定されるのでしょうか。

懲戒処分が無効となる要件は法律に規定されている

会社の行う懲戒処分には、

戒告・譴責(始末書の提出や文書により戒める)
減給(労基法規定の範囲内で賃金を減給)
休職・出勤停止(数日間の自宅待機)
降格・降職(職位や資格順位を降下)
諭旨解雇・懲戒解雇(退職金一部不支給などを伴う解雇)
などがあります。
このような従業員に対する懲戒に関して、労働契約法は次のように権利濫用となる場合は無効となることを規定しています。
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
  

懲戒することができる場合とは

労契法では「懲戒することができる場合」という前提が置かれていますが、それはどういう場合のことを言うのでしょうか。

 

判例

これに関しては、次のとおり最高裁判所の考えが示されています。

【最高裁第二小法廷判決 平成15.10.10「フジ興産事件」】
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類および事由を定めておくことを要する。
そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生じるためには、その内容の適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることを要するものというべきである。

懲戒するに当たり、

❶懲戒の種類と程度を事由ごとにあらかじめ就業規則に規定しておくこと
❷就業規則の規定の効力が認められるために就業規則を周知しておくこと

以上のとおり、最低限、就業規則の事前の規定整備と周知が求められます。

 

労基法

労基法でも、制裁の定めをする場合には就業規則にその事項を規定しなければならないとしています。

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
……
9 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
   
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懲戒処分の規定が適用できるか否かの問題もある

懲戒に当たっては、就業規則の規定の整備と周知が求められますが、それだけで無条件にその適用が認められるわけではありません。

実際に行った懲戒処分が、被処分者の行為の性質及びその他の事情に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められて初めて懲戒処分が有効となります。

非違行為と処分内容との均衡や手続きの適正などの要素も踏まえ、処分が不当に重いとか、処分の程度が相当でないと判断されるようなものについては懲戒規定の適用が認められない場合があります。

 

判例

暴行事件から7年以上も経過後に、諭旨退職処分を行ったことについて、長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見いだせないし、処分時点においては既に企業秩序維持の観点から懲戒解雇のような重い処分を行うことを必要とするような状況にはなかった、として懲戒解雇の効力を否定した判例があります。

【最高裁第二小法廷判決 平成18.10.6「ネスレ日本事件」】
使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情の下において、それが客観的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。
裁判所は、懲戒処分の有効性については、
①就業規則で規定している懲戒事由に該当すること
②処分内容も就業規則に規定している範囲内であること
を勘案しながら規定の合理的な解釈と懲戒権濫用法理により判断している(菅野和夫「労働法」第11版補正版660頁)、というわけです。
  

使用者の懲戒権は限定的だが私生活にまで及ぶ

私生活上の非違行為に対してまで会社が懲戒処分ができるのか否か、その処分内容が適当であったか否か、について最高裁まで争った事件があります。

そうした裁判を通じて明らかになった基本的な考え方は、一般論として

職場外の私的生活における非違行為に対してまで会社の懲戒権は及ぶ

と解されるということです。

 

判例

【最高裁第一小法廷判決 昭和49.2.28「国鉄中国支社事件」】
職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許される。
ただし、個々の具体的な判断に当たっては、私生活上の非違行為に対しては、会社の懲戒規定は限定的に解釈すべきと考えられています。
 
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会社秩序や会社の社会的評価への影響が重要

職場の非行と違い、職務と全く無関係な私生活上の非行については、会社秩序や会社の社会的評価に与える影響が重要となってきます。

 

判例

従業員が飲酒した後、他人の家に忍び込んで住居侵入罪で逮捕、2,500円の罰金刑となったことが会社の他の従業員や会社周辺の住民が知るところとなり、会社は「不正不義の行為を犯し会社の体面を著しく汚したもの」との懲戒事由に該当するとして懲戒解雇したところ、裁判所は以下の判断を行い解雇は無効としました。

【最高裁第3小法廷判決 昭和45.7.28「横浜ゴム事件」】
従業員の行為は、会社の組織、業務等に関係ないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、受けた刑罰が罰金2,500円の程度に止まっていたこと、会社における従業員の職務上の地位も工員ということで指導的なものでないなど、会社の体面を著しく汚したとまで評価するのは当たらないというのほかはない。
  

いかなる私生活上の非違行為が懲戒事由になり得るのか

懲戒事由に該当するか否かの一般的な判断基準が最高裁判決で示されています。

私生活上の行為が会社の評価や秩序に影響あると判断される場合には、この基準と照らし合わせながら整理・検討することが適当です。

 

判例

【最高裁第2小法廷判決 昭和49.3.15「日本鋼管事件」】
従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、
1⃣当該行為の性質、情状のほか
2⃣会社の事業の種類・態様・規模
3⃣会社の経済界に占める地位
4⃣経営方針
5⃣その従業員の会社における地位・職種
等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。
従業員が私生活上、刑事事件を起こして逮捕されたとしても、それだけでは会社の社会的評価や秩序にどれほどの影響を及ぼすのかは区々です。
私生活上の言動に広く会社の懲戒権が及ぶと解されますが、具体的な判断に当たっては、一般私企業に関する限り、私生活上の言動に対する懲戒権の行使をできるだけ抑制すべく、懲戒規定を限定的に解釈する態度で臨むことが求められるのです。
  

不遡及・一事不再理の原則を適用

懲戒処分が企業秩序違反行為に対する特別の制裁措置であることから、罪刑法定主義類似の原則(不遡及の原則、一事不再理の原則)が妥当する(菅野和夫「労働法」第11版補正版660頁)と指摘されています。

懲戒の根拠規定は、それが制定される以前の言動に対してさかのぼって適用することは許されないと解され

さらに、同一の事案に対し2回懲戒処分を行うことも許されないと解されます。

 

まとめ

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❶懲戒処分は、企業秩序違反者に対し使用者が労働契約上行い得る通常の手段(普通解雇、配転、損害賠償請求、昇給・昇格の低査定など)とは別個の制裁罰であって、契約関係における特別の根拠を必要とすること(同上「労働法」)。

❷したがって、使用者はこのような特別の制裁罰を実施したければ、その事由と手段とを就業規則において明記し、契約関係の規範として樹立すること(同上「労働法」)。

❸私的生活上の非違行為を懲戒処分の対象とするには、その行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、非違行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならないこと。

❹懲戒処分が特別の制裁罰であるという性質を踏まえると、罪刑法定主義類似の原則として、不遡及・一事不再理の原則が妥当であること。

 

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