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採用内定した新規学卒者に入社前に検定試験合格を義務付けるのは

採用内定した新規学卒者に対し、入社までに業界で必要とされる基本的な検定試験を受験・合格することを義務として課すことは可能なのでしょうか。

採用内定者の同意など労働契約上の根拠があれば可能だが、学業の阻害になるほどの負担を強いるようなものなら違法無効とされ得るので、義務付けには限界がある。

採用内定の法律上の性質は個々の事案ごとの判断

採用内定の法的性質については「当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してその法的性質を検討する必要がある」(最高裁第二小法廷判決 昭和54.7.20)といえますが、近年の事案について裁判では一般的に次のように解されています。

内定は始期付解約権留保付労働契約の成立

一般的には、採用内定とは「就労の始期と採用内定取消事由に基づく解約権の留保が付いた労働契約」(始期付解約権留保付労働契約)の成立と解されるのがほとんどです。

就労の始期を学校卒業直後とし、誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当としています。

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「始期」は「就労」の始まりのことか「効力」の始まりのことか

「始期」というのが、労働契約の効力は既にあるものの実際の就労が開始されるのは正式入社日である【就労の始期】(最高裁第二小法廷判決 昭和54.7.20「大日本印刷事件」)ということを意味するのか

それとも、成立した労働契約について、正式入社日に効力が開始され入社日までは効力がまだ発生していない【効力の始期】(最高裁第二小法廷判決 昭和55.5.30「電電公社近畿電通局事件」)という意味なのか

採用内定の事実関係によって判断が分かれるようです。

就労の始期と解すると

内定時点で労働契約の効力発生があるとするなら、労働契約上の拘束関係は既に生じており、会社の業務命令によって一定の行為を命じるのは可能といえます。

(就労の始期と解するなら)労働契約上の拘束関係は内定時より生じており、内定者には入社日前でも就業規則中の就労を前提としない部分(例えば、会社の名誉・信用の保持、企業秘密の保持など)の適用があるということになる。
【菅野和夫「労働法」第11版補正版226頁】
効力の始期と解すると
労働契約の効力が正式入社日から発生すると解するなら、内定期間においてはまだ会社の業務命令を発する根拠はないので、労使間の合意や信義則を根拠に一定の行為がなされるということになります。
(効力の始期と解するなら)多くの企業では、内定者には内定期間中に近況報告書の提出や施設見学、実習などの一定行為を行わせている。これらの行為を業務命令によって命じることは・・・入社日に初めて効力が発生する採用内定においては認めがたい。
【菅野和夫「労働法」第11版補正版226頁】
新規学卒者の場合
新規学卒者の場合は、採用内定期間中は学生であるので、特段の合意がない限り、「効力の始期」と解したほうがよいであろう(大内伸哉「最新重要判例200労働法」第4版21頁)との指摘があります。
つまり、採用内定期間中の検定試験の受験等一定の行為は会社の「業務命令」ではなく、内定者の同意を根拠に実行させると解されます。
いずれにしても、内定期間中の義務の内容については、内定の段階で明示すべきことは間違いありません。

内定者に対して受験を義務付ける方法

内定時点で始期付解約権留保付労働契約が成立する際に、内定期間中において検定試験の受験及び当該試験に合格することについて、内定通知書や誓約書にその旨明示し、労使の合意された労働契約上の根拠とすることでそれを義務付ける方法が考えられます。

内定段階で労働契約上の拘束関係が生じておらず、したがって「業務命令」によって試験準備等を義務付けできない場合でも、会社が勧奨する一定行為を実践する義務を内定者の同意に基礎づけることで可能となります。

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義務付けであっても限界があり信義則上の配慮も必要

採用内定した新規学卒者について内定期間中はまだ学生であり、内定者の置かれた状況を鑑みると、会社が内定者の同意を得て一定の行為を義務付けることができるにしても、おのずから限界があるといえます。

学業への支障は研修不参加の合理的な理由となる(裁判事例)

内定者が内定期間中の研修参加を義務付けられた場合であっても、学業への支障が生じる等合理的な理由により参加取りやめの申出があったときはこれらを免除する信義則上の義務が会社にあると考えられています(東京地裁判決 平成17.1.28「宣伝会議事件」)。

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入社前研修の結果が不十分を理由に内定取消等しない配慮(裁判事例)

また、内定期間中の研修参加義務がある場合であっても、その研修結果が不十分であることを理由に内定取消や内定辞退を強要しない配慮をする信義則上の義務が会社にはあると考えられています(東京地裁判決 平成24.12.28「アイガー事件」)。

学業を阻害しない配慮

そうすると、内定者が検定試験の受験を義務付けられた場合であっても、その義務付けが本来の学業を阻害するほどの過大な負担とならないよう、十分な配慮をする信義則上の義務が会社にはあると考えられます。

◆学業への支障が生じる等合理的な理由があるときは義務付けられている行為を中止せざるを得ない旨の申告があった場合には、何らのペナルティーを与えずにその義務を免除する

◆内定者において内定期間中の学習の結果が出なかった場合であっても、そのことをもって会社は内定の取り消しや内定辞退を強要しない

会社はこうした配慮をする信義則上の義務を負うと解されますので、未だ労働者として就労していない学生に対しては、本来の学業を阻害しない態様で臨むべきです。
内定期間中の支援
内定者が学生であること等を踏まえ、会社は学習を円滑に進めるのに必要なツール(教材やe-ラーニング等)の提供や受験料負担などの配慮をすべきでしょう。
そうした配慮は、内定者にとっては負担の軽減が図られ、効果的な受験準備も可能となることで、結果的に会社の期待する状況の実現に資することにもなることでしょう。

受験準備の学習時間は労働時間ではない

検定試験の受験準備は内定者の同意を得て実施するものであって、会社の業務命令により行うものではないことを前提にしています。

また、受験準備の学習時間は自宅学習の範囲内にあるものであって、一定の場所や時間に集合することを義務付けるような時間的・場所的な拘束力はなく、内定者自身の考えるペースで実行できます。

そうしたことから、自宅学習は使用者の指揮命令下におかれた労働時間には当たりません。

したがって、自宅学習は労務の提供・就業には該当せず、労働時間に当たらないため賃金支払の問題は生じません。

 

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ノートを開く女性

採用内定段階では労基法上の義務履行は特殊

採用内定によりその時点で労働契約が成立したとする以上、労基法上の使用者の義務も履行しなければならなくなるのか疑問がわきます。

例えば、次のような事項についてはどうでしょう。

内定時点で労働条件の明示は必要か

労基法15条は、労働契約の締結に際し、賃金・労働時間等規則で規定されている事項を明示しなければならないとしています(一部は書面により明示する義務があります)。

多くの企業では、採用内定段階ではまだ就業規則の適用はないとして、就業規則に規定されている労働条件の詳細までは明示しておらず、入社日に就業規則をはじめ関係書類を提供することにより労働条件の詳細事項について周知しているのではないでしょうか。

この点については、「同義務の趣旨からはこれを肯定するほかないと思われる」(菅野和夫「労働法」)、つまり、採用内定時点で労基法15条に基づく労働条件の明示を行う義務が生じると思われる、というように、労基法15条の適用があるとは積極的に断定されていません。

内定取消には解雇予告が必要か

留保していた解約権を行使すること、つまり、採用内定を取り消すことは、成立している労働契約を一方的に解約することですので、法律上は解雇に当たります。

解雇の場合、労基法20条では「30日前の予告」又はそれに代わる「解雇予告手当の支払い」が義務とされています。

が、内定取消にもこれがそのまま適用されるのか疑問がわきます。

この点については、「試の使用期間中の者」については使用期間が14日超えの場合に初めて解雇予告の保護を受けることとの均衡上、「試みの使用期間の開始前については、解雇予告の適用はないと考えてよかろう」(菅野和夫「労働法」)との考えがあります。

結局

「労働契約が成立しているとなると、労基法等の労働保護法規(労基法15条、20条など)の適用もありうることになるが、採用内定関係の特殊性を考慮した修正は必要となる。」(大内伸哉「最新重要判例200労働法」第4版)

これが結論ですね。

 

まとめ


まとめると、次のように整理できます。

1⃣採用内定は、一般的には「始期付解約権留保付労働契約」が成立したと考える。
2⃣「始期」を「効力の始期」と解する場合、内定期間中は未だ使用者は内定者に対して業務命令を発する根拠はないこととなる。
3⃣内定期間中に内定者に一定の行為を義務付けできるのは、内定者の同意や義務付けを肯定する合意があることが根拠となり得る。
4⃣内定者は未だ採用された労働者ではなく新規学卒者であることの状況を踏まえ、内定期間中に義務付けられる行為は無制限に設定することはできない。
5⃣内定者が義務付けられた一定の行為について合理的理由があり取りやめる旨申出があれば、使用者はこれを免除すべき信義則上の義務を負っている。
6⃣内定期間中の研修で本来は入社後に習得させるべきものを義務付ける場合などでは、使用者はその結果が不十分であることを理由に内定取消や内定辞退を強要しない配慮をする信義則上の義務を負っている。
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