政府は在籍出向が雇用維持に資するとして出向支援の立場にあります。
厚労省では、ホームページに在籍出向専用サイトを立ち上げましたし、2021年2月には経済団体、労組、金融団体、中央官庁、出向支援機関である(公財)産業雇用安定センターから構成される全国在籍型出向等支援協議会を設置するに至りました。
そこで、そもそも出向とは何か、根拠は何なのか等出向の基本についてあらためて整理しました。
そもそも出向とは何か
出向(在籍出向)とは、労働者が使用者(出向元)との間の雇用契約に基づく従業員たる身分を保有したまま第三者(出向先)の指揮監督の下に労務を提供するという形態のことを指します。
転籍出向という形態もありますが、こちらの方は出向元を退職して出向先に採用・雇用される(完全に移籍する)特殊なケースですので、一般的な出向とは少し区別することとします。
出向先の指揮監督下におかれることから労働者派遣に近いようですが、派遣は派遣先の指揮監督下におかれるものの、派遣先とは雇用関係にないというところが大きく違います。
【厚労省労働者派遣事業関係業務取扱要領(抜粋)】
最近は、在籍出向のうち出向元での就労を少し残し、出向先と兼務するような出向=「兼務出向」を検討する企業も少なくありません。
兼務出向についての詳細は下の記事。
出向元に身分は残したまま出向先とも雇用契約関係に入り、出向先の指揮命令下で就労し、労務管理も出向先が行うのが一般的な出向です。では、出向元で週に3日、出向先では週に2日就労するような出向は通常の出向と何が違い何に注意する必要があるのでしょう[…]
出向を命ずることができる根拠は何か
出向について法律的に整理すれば、出向元が有していた「労働者に労務の提供を請求する権利(労務給付請求権)」や「労働者に対する指揮命令権」などの権利を出向先に譲るものと解されています。
出向には出向労働者の同意が必要
出向元が有していた労務給付請求権や指揮命令権などの権利を出向先に譲る際には、民法625条1項の「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」の規定があるので、労働者の承諾(同意)が必要だとされるのです。
就業規則、労働協約の定めがあること
最高裁判例によると、この同意は常に個別具体的なものである必要はなく、事前の包括的な同意でもよいと解されています。
【平成15.4.18 最高裁第二小法廷判決「新日本製鐵事件」】
判例では、
としています。
出向があたかも通常の人事異動と同視できるような場合では、労働者は出向に対して包括的に同意をしている(個別的な同意がなくても包括的な同意で足りる)と解されるのです。
出向を命ずる権利の行使が有効か無効かの判断基準は何か
出向命令権があるとしても、その権利行使に当たって権利を濫用したと認められる場合には、その出向命令は効力を否定されます。
使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
権利の濫用として出向命令が無効であると判断されないためには、労働契約法14条に規定する3つの判断要素(要件)を考慮することが求められます。
❷ 対象労働者の選定にかかる事情
❸ その他の事情
に照らして権利の濫用と認められないことが必要です。
前出の平成15年の最高裁判決においては、
1⃣ 経営判断が合理性を欠くものとはいえず、…… 出向措置を講ずる必要があったということができ【出向の必要性】
2⃣ 人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない【出向者の人選の合理性】
3⃣ その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、協定の規定等を勘案すれば、労働者が…… 著しい不利益を受けるものとはいえない【不利益の程度】
4⃣ 各出向命令に至る手続きに不相当な点があるとも言えない【出向命令までの手続の相当性】
これらの事情に鑑みれば、出向命令が権利の濫用に当たるということはできない、と判断しています。
出向命令の有効・無効が争われた裁判事例
労働条件が低下する点に着目して出向命令が有効か無効か争われた次のような事例がありますので、自社で出向を検討する際の参考になるかと思われます。
裁判事例を踏まえた留意点
出向は、使用者の権利(労務提供請求権、指揮命令権など)を第三者に譲渡することであり、民法625条1項により債務者たる労働者の承諾を得ることが必要となります。
最高裁は、労働者の承諾は常に個別具体的なものである必要はなく、就業規則や労働協約の規定による包括的同意でもよいという考えを示しました。
ただ、一般的にその規定の内容がどの程度具体的であるべきかまでは判然としていませんので、会社としては最低限、就業規則などに出向を命ずることがある旨の基本的な事項を規定しておき、実際の出向に当たっては、出向契約を作成する中で出向予定者の個々人にはその内容を説明し同意を得ておくとするのが現実的、かつ、適切と考えられます。
出向命令権が認められる場合にも、その行使に当たっては権利濫用法理によって制限を受けることになります。
特に、出向によって労働条件の低下がある場合には慎重な対応が求められます。
出向により、ある程度の労働条件の変動は許されるものと考えますが、出向先の職種や業務内容、責任の程度、賃金水準、労働時間・休日以外の労働条件、通勤事情等を考慮するとともに、場合によっては、出向労働者に納得が得られるような補填を考慮するなど全体的にみて不利益とまで判断されないような対応に努めるべきでしょう。
出向者についての社会・労働保険の扱いはどうなるのか
◆労災保険
常用、日雇い、パート、アルバイト、派遣等名称や雇用形態にかかわらず、労働の対償として賃金を受けるすべての者が対象になります。
報酬の支払元がどちらかに関係なく、実際に労務を提供している出向先で適用されます。
出向労働者が、出向先事業組織に組み入れられ、出向先事業主の指揮監督を受けて労働に従事する場合は、出向元で支払われている賃金も出向先で支払われている賃金に含めて計算し出向先で対象労働者として適用することになります。
【厚労省通達 出向労働者の取扱い(昭和35.11.2 基発第932号】
◆雇用保険
出向元と出向先の2つの雇用関係を有する出向労働者は、「同時に2つ以上の雇用関係にある労働者」に該当しますので、その者が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受けている方の雇用関係についてのみ 被保険者となります。
雇用保険は一人の労働者に一つの雇用関係しか成立させない制度であり、出向元と出向先の報酬の合算はしません。
◆健康保険・厚生年金保険
直接報酬を支払う事業所で適用します。
出向元と出向先の双方から報酬が支払われるときは、二重加入を避けるため、「二以上事業所勤務届」を提出し、出向労働者が保険者を選択し、合算した報酬を基に保険料が決定されます。
短時間労働者や有期雇用労働者についても出向可能要件がそろえば出向可能
これまで整理したように、出向は次の2要件がそろえば可能とされます。
1⃣ 労働契約上、出向を命令することができること
2⃣ 出向命令権の行使が権利濫用に当たらないこと
このように、出向可能要件には「労働者の身分」は含まれておらず、また、パートタイム労働者などについての出向を禁止する法令はありません。
ですので、パートタイム労働者や有期雇用契約の労働者についても出向要件が備わってさえすれば出向の対象にすることは可能といえます。
短時間・有期雇用管理者の選任に留意
なお、パート・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)で選任することに努めるとされている「短時間・有期雇用管理者」については、10人以上の事業所単位(企業単位ではない)で選任し、指針の定める事項及び雇用管理改善についての管理を担うこととされています。
出向先がいかなる権利義務を有することとなり、出向元にいかなる権利義務が残ることになるのかは、出向元と出向先の契約で定められることから、短時間・有期雇用管理者が管理すべき事項についても、出向元と出向先の各々分かれることもあり得ます。
つまり、双方の事業所で選任される必要がある場合があると考えられます。
出向者の同意なく出向を解消して出向元に戻すことは可能か
在籍出向中の労働者に対する出向元への復帰命令について、当該労働者の同意が必要か否か争点になった裁判事例があります。
出向の際には出向労働者の同意を得るなど要件がありましたが、出向を解消して出向元に復職させるに、当該労働者の同意を得る必要はないと最高裁は判断しました。
出向労働者に対してはどちらが労働基準法上の使用者責任を負うのか
在籍出向は、二重の雇用関係が成立していますので、どちらの会社が使用者責任を負うのか判然としない場合があり得ます。
出向契約の内容次第で労務管理上の責任の所在が明らかになると解されますが、原則的で一般的な考え方は次のように整理できます。
原則として出向元のみが責任を負うもの
解雇やもともとの雇用契約における法令上の規制、つまり身分に関する事項
原則として出向先のみが責任を負うもの
❶ 労働時間制度、休日・休憩、年休や深夜業に関する法令上の規制
❷ 就業禁止業務、妊産婦の就労制限、育児時間など年少者や妊産婦保護に関する法令の規制
原則として出向元と出向先の双方が責任を負うもの
上記事項以外の、均等待遇、強制労働・中間搾取、雇用時の最低年齢などは双方が労働基準法上の使用者になり得ると考えておくのが適当でしょう。