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出向先へ移籍する転籍出向を可能にする転籍出向契約書と同意書例

出向元に復帰することが一般的な在籍出向と違い、出向先に完全移籍するような転籍出向については、対象社員の同意が重要な要件となります。労働条件の変更や運用についても関係者間で合意の上で実施することが求められますので、同意書や契約書でその証を残すべきでしょう。

転籍出向とはどういう出向か

転籍は、①就労していた会社を合意退職した後に、引き続き他社に採用されるといった移籍のやり方や、②就労していた会社の使用者がその権利を他社に譲ることで実現される場合があります。

特に、雇用されている会社と労働契約関係を終了させる一方で、他社との間に労働契約関係を成立させる、といった2つの行為を出向時に行う一連の移籍行為のことをここでは転籍出向といいます。こうした名称を定義する法律上の規定はありません。

転籍出向は原則として包括的同意だけでは認められない

転籍出向は就労していた会社との労働関係が解消されることから、社員は大きな影響を受けますので、原則として事前の包括的同意で足りるとは解されていません。

転籍出向の場合、退職の合意と新たな労働契約の締結に関する合意、使用者の指揮監督権等の他社への譲渡に対する労働者の同意が必要ですが(民法625条1項)、特別な事情のある場合以外は、原則として事前の包括的同意だけではなく、個別の同意が必要とされることと、元の会社との労働関係が消滅することから元の会社に復帰することは予定されないことが一般的であるところが、通常の在籍出向と違います。

一般的な出向ルールはこちら☞

特別な事情のある場合の例としては、入社時に会社から親会社の一部門のような系列会社に転属することもあることの説明を受け、これに対して同意しており、通常の異動のように転籍が実施されていた企業に関しての次の裁判事例が参考になります。

転属先の労働条件等から転属が著しく不利益であったり、同意の後の不利益な事情変更により当初の同意を根拠に転属を命ずることが不当と認められるなど特段の事情のない限り、入社の際の包括的同意を根拠に転属を命じ得ると解するのが相当(千葉地裁判決 昭和56.5.25「日立精機事件」)
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復帰を予定しない在籍出向

高年齢社員の在籍出向などにみられるような、在籍出向として異動した社員が結果として元の会社に復帰しないといった実質的な転籍出向もみられます。

就業規則・出向規程において出向元に復帰する在籍出向のことしか想定していない場合には、社員の包括的同意があったとしても、これらは転籍出向を命じる根拠にはなり得ませんので、在籍出向といいながら実質的に転籍出向となる場合には、個々の対象社員から個別の同意を得ておく必要があります。

転籍により変更される労働条件については十分説明して個別同意を求める

転籍してしまうと、これまで就労してきた会社とは労働契約上は縁が切れるわけですので、適用される労働条件はもっぱら転籍先会社における労働条件になります。

転籍出向元の会社としては、転籍後の労働条件の内容を対象社員には理解してもらうよう説明し、それを踏まえて転籍についての同意を求めることになります。

仮にこれを怠り、社員が転籍後に初めて転籍先の労働条件を正確に知り、その労働条件であれば転籍に同意しなかったなどと主張されると困ったことになります。

こうした場合、出向を命じた使用者としては信義誠実義務を欠き、権利を濫用したとして転籍出向命令そのものが無効と判断されうることを常に意識しておく必要があるでしょう(労働契約法第14条)。

使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

 

転籍により労働条件が低下することを理由に社員が転籍出向について同意しない場合には、個別同意が得られない以上、転籍出向は義務付けられないので、その出向拒否を理由としたペナルティーを科すことはできません。
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
転籍出向後の労働条件については、出向元との格差が小さくなければ、会社としては何らかの補填について検討したり(退職金の割り増し等)、重要な事項については転籍同意書や転籍出向契約書に明示して同意を得て、その証を残すこととするのが適当でしょう。
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転籍者への年休付与日数や退職金の支払い義務は出向元から出向先に引き継がれない

転籍出向によって、出向前の会社を退職し出向先と新たな労働関係に入るため、労基法、労働契約法などにおける使用者も転籍先の使用者のみになります。

したがって、出向前の会社で有していた年休の日数も引き継がれず、出向前の会社での勤務年数も通算されません。

通算期間に関する特別の合意等がない限り、出向先に対しては転籍後の勤続期間に応じた退職金しか請求できないとした裁判事例もあります(東京地裁判決 平成16.1.28「日本ケーブルテレビジョン事件」)。

そうなると、労基法上の年休については、転籍出向先で6か月の継続勤務があり出勤率が8割以上あったところで新たな年休が10日しか付与されない、といったことも法的には問題ありませんし(労基法39条1項)、退職金の算定においても、出向前からの勤務期間の通算をせず、転籍出向先での勤務期間のみを算定対象期間とすることもできます。

しかし、そういう法律上の最低基準のままの労働条件であれば、出向対象者が転籍出向に同意しないことも考えられます。

そこで、円滑に転籍出向に応じてもらうためにも、年休付与日数を引き継ぐとか、勤続年数も出向前から通算するといった転籍出向契約を検討することになります。

転籍者の労働・社会保険の資格喪失や資格取得手続きも必要

出向元会社を退職し新たに出向先会社に雇用されることから、当然なことですが、労働・社会保険についても通常の離職・採用時の手続きを行うことになります。

労災保険については個々の労働者ごとの手続きは(特別加入を除いて)ありませんが、雇用保険、健康保険、厚生年金保険については、ハローワークや年金事務所、健保組合への手続きが必要です。

在籍出向の場合、出向者の健康保険、厚生年金保険、雇用保険について、賃金を支給しているのが出向元であれば、出向元において被保険者資格を維持し、保険料も出向元が納付することが可能ですが、転籍出向の場合では、出向元は離職手続きを行うことに尽きます。

 

転籍出向契約書・転籍出向同意書の例

在籍出向と違い、転籍出向となれば労働条件についても転籍出向元と転籍出向先がその責任分担などせず、転籍後はすっかり転籍先の労働条件の下で就労することになるのが一般的です。

そこで、転籍後における労働条件を巡って紛争になるのを防ぐためにも、関係会社は転籍出向契約書を交わすこと、対象社員からは転籍出向同意書を徴取すること、対象社員には転籍先の労働条件等について文書で明確化することが適当です。

ここでは、転籍出向同意書を兼ねた転籍出向契約書の例を示します。

 

1 転籍出向を行うことについての関係者間の契約であることを明示

 

転籍出向契約書(兼転籍出向同意書)

株式会社A(以下「甲」という。)とB株式会社(以下「乙」という。)及び甲の社員C(以下「丙」という。)は、丙の甲から乙への転籍出向について、次のとおり合意し、契約を締結する。

(転籍出向)
第1条 
甲及び乙は、2023年4月1日(以下「転籍日」という。)をもって甲は丙を乙に出向させ、乙は丙を社員として転籍受入れすることに合意した。
2 丙は甲を退職し乙に転籍出向することに同意した。
3 第1項による転籍日をもって、甲は丙の使用者の地位を喪失し丙は甲の社員である地位を喪失し、また、乙は丙の使用者の地位を取得するとともに丙は乙の社員の地位を取得する。

 

2 転籍後の勤務条件を明示

 

(勤務条件)
第2条 乙における丙の勤務条件等は次のとおりとする。
①身分
雇用契約期間の定めのない社員とする。
②転籍時の勤務先及び業務
勤務地  〇〇
役職   △△
担当業務 □□
③基本的な労働条件
別段の定めのない事項については、乙の就業規則等を適用する。
④年次有給休暇
丙の年次有給休暇の付与日数の算定においては、甲における勤続年数を通算する。
⑤賞与
 転籍日が含まれる営業年度における賞与は別途の定めにより支給することとし、以後の年度においては乙の定めによる。
⑥退職金
 甲は甲の就業規則で定めるところにより丙に退職金を支給する。
乙は退職金制度を丙に適用するにあたっては、丙の勤続年数の計算について甲における勤続年数を通算する。
ただし、乙は甲が支給した退職金に相当する額を控除して算定する。
⑦その他
 乙は丙の転籍に当たって賃金等労働条件の詳細については別途書面交付により丙に明示するものとする。

 

3 その他、確認しておくべき事項を明示

 

(その他)
第3条 甲における丙に対する賃金等の債務は一切乙に引き継がれない。
第4条 本転籍出向に係る事務手続きは、甲乙相互に協力して処理するものとする。
2 本契約に関して疑義が生じたときは、甲、乙及び丙が協議の上対応を図るものとする。
この契約が成立したことを証するため、本書3通を作成し、甲、乙及び丙は記名押印の上、各1通を保有する。

2023年3月1日

  甲 株式会社A
代表取締役 ◎◎◎◎ ㊞
乙 B株式会社
代表取締役 ◆◆◆◆ ㊞
丙   C   ㊞

 

高年齢者の雇用確保のための転籍

65歳までの雇用確保を図るため、高年齢者雇用安定法(第9条)では、定年制廃止、定年引上げのほか、継続雇用制度の導入のいずれかの措置を講じることを求めています。

この継続雇用(再雇用)については、「特殊関係事業主」=「親子・関連グループ会社」との間で、継続雇用を希望する高年齢者を定年後に当該特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約を締結し、この契約に基づき高年齢者の雇用を確保する制度が含まれるとしています(法9条2項)。

つまり、親子・関連グループ会社間で転籍してもらい、そこで65歳までの雇用確保が図られる制度も法に適合しているとしているのです。

65歳までの雇用確保の方法には、労働条件の内容はさておき、親子・関連グループ会社間の転籍もその一つになるとしています。

 

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まとめ

ここでは、転籍出向同意書を転籍出向契約書と兼ねる例を示しましたが、これらを別書類とするのが一般的かと思います。

転籍出向は、在籍出向と違い、原則として個別の同意を要件としていることから、少なくとも同意書は書面化して所有しておくことが紛争発生防止のためにも欠かせないと考えます。

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