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退職後に一定の期間や地域で競業禁止とする契約が成立する要件

退職後に競業する同業他社へ転職したり、自分で競業する会社を起業することを禁止することのできる根拠は何でしょうか。競業避止義務を課すことができるとしても、その内容の範囲や制約期間、地域などはどの程度まで制限が許容されるのでしょうか。

競業避止義務とは何か

競業避止義務とは、労働者が現在雇用されている(雇用されていた)会社の事業と競業・競合する会社に転職する、または自分で競業・競合する事業を営む、会社の顧客の奪取を図る、といった行為などを禁止することを指します。

営業上の秘密やノウハウの漏洩防止を目的に企業が労働者に課す秘密保持義務と重なる義務です。

【就業規則の規定例】
第●条 社員は在職中及び退職後6か月間は、競業他社に転職し、または競合する事業を自営することはできない。競業避止義務の細部については別途の誓約書によるものとする。
仮に競業避止義務に反したら
これに反する行為は、就業規則に規定していれば、解雇を含む懲戒処分の対象となり得ます。
さらに、競業行為に対しては、契約上の債務不履行として、あるいは不正競争防止法上の営業秘密の不正競争行為として差し止めや損害賠償の請求、退職金の不支給や減額支給などがあり得ます。

在職中と退職後では競業避止義務を課す根拠に違いがある

競業避止義務を課すことのできる法的根拠は、在職中と退職後とで違いがあると解されています。

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在職中の競業避止義務は言わば当然

労働契約の原則として、労使は
「信義に従い権利・義務を行使しなければならない」(労働契約法3条4項)
という関係に立ちますので、在職中に労働者は、使用者の利益を害する競業行為を行ってはならないことは当然視されます。

労働契約の付随的義務として競業避止義務が存在すると解される訳です。

退職後の競業避止は合意等特約があれば義務づけ可能

労働者が退職すると労働関係から離脱してしまいますので在職中と違い、”労働契約の付随的義務として当然に有効“という訳にはいきません。

何らかの合意(特約)が適正に成立しており、義務を課す明示的な法的根拠が存在することが求められます。

一般には、就業規則に規定するとともに、個別に誓約書を交わす例があります。

ただ、退職後も競業避止義務を課すことは、退職した労働者の職業選択の自由や営業の自由を侵害する可能性がありますので、注意を要します。

競業避止義務契約が職業選択の自由等に対して過度に制約する内容であれば、その契約は公序良俗違反として無効になると解されます。

そこで、競業避止契約の内容の有効性については制限的に解されることになります。

つまり、職業選択の自由等に対する制約が限定的であればあるほど、競業避止義務の有効性が認められやすくなります。

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競業避止義務契約の有効性を判断する際の考慮事情

それでは、競業避止義務契約の有効性はどのように判断されるのでしょうか。

裁判においては、競業避止義務契約の有効性について、次のような考慮事情、観点で判断するのが一般的な方向となっているものと考えられています。

❶使用者の守るべき利益の存在
前提として、競業避止義務を課すほどの使用者の正当な利益があるのか
❷労働者の地位等
労働者の職務内容や地位からみて競業避止義務を課す必要のある者なのか
❸地域の範囲
競業避止義務が課される地域は過度に広範となっていないか
❹禁止期間
競業禁止義務の存続期間は目的に照らして不相当に長くはないか
❺禁止行為の範囲
禁止される競業行為の内容は企業の守るべき利益と整合性があるか
❻代償措置
代償措置が講じられているか
以上の諸事情を総合的に考慮し、競業避止義務契約の有効性判断を行っています。

考慮事情ごとに関連する裁判事例をみてみる

競業避止義務契約の有効性判断に際して考慮した事情ごとに関連する裁判事例をみてみましょう。

平成24年度経産省委託調査「人材を通じた技術流出に関する調査研究」報告書を参考にしました。

1⃣ 競業避止義務を課すほどの使用者の正当な利益があると言えるか

不正競争防止法上の「営業秘密」に限定されず、これに準じるほどの価値を有する、顧客に対するサービス手法、営業方法や指導方法等に係るノウハウ、独自の技術で開示していないものなどについては、守るべき利益があると判断される可能性が高い。
利益を否定した事例

●人脈、交渉術、業務上の視点、手法等は、一般的に労働者が転職する場合には、多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない(東京高裁 平成24.6.13)

●特定の企業への転職を禁止し、他の企業への転職が禁止されていないことからみて、当該情報は会社にとってそれほど要保護性の高いものではないと言わざるを得ない(東京地裁 平成21.11.9)

利益を肯定した事例

●家電量販店チェーンを展開する会社の従業員だった者が直接の競争相手会社に転職した場合において、店舗における販売方法や人事管理の在り方、営業方針、経営戦略等の知識及び経験を活用して転職先が利益を得られることで、元の会社が相対的に不利益を受ける(東京地裁 平成19.4.24)

●めっき加工や金属表面処理加工について、教科書の記述やめっき事業者各社のホームページの記載等と比較して、法的保護に値する独自のノウハウが存し、競業避止を必要とする正当な利益が存在する(大阪地裁 平成21.10.23)

●ヴォイストレーニングを行うための指導方法、指導内容及び集客方法、生徒管理体制についてのノウハウは長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高い(東京地裁 平成22.10.27)

●顧客の名簿及び取引内容に関わる事項、製品の製造過程・価格等に関わる事項は個別レンタル契約を経営基盤の一つにおいている会社にとって、経営の根幹に関わる重要情報であり、秘密保護の必要性が秘密の開示する場合のみならず、これを使用する場合にも存するから、秘密保持義務を担保するものとして退職後の競業避止義務は容認できる場合がある(東京地裁 平成14.8.30)

 

2⃣ 労働者の職務内容や地位からみて競業避止義務を課す必要のある者か否か

特定の職位にある者全てを対象とするような規定は合理性が認められにくい。使用者が守るべき利益との関わりが判断される。執行役員を対象とした競業避止義務であっても、企業が守るべき秘密情報に接していなければ否定的な判断となる。
義務を課すことを否定した事例
●執行役員で役員会の構成員であるが、機密性のある情報に触れる立場にあった者とは認められない、職務の実態は取締役に類する権限や信認を付与されるものではなかった(東京地裁 平成24.1.13、東京高裁 平成24.6.13)
義務を課すことを肯定した事例
●インストラクターとして秘密の内容等を十分知っており、かつ、会社が多額の営業費用や多くの手間を要して技術を習得させたもので、秘密を守るべき高度の義務を負うものとすることが衡平に適うと言える(東京地裁 平成20.11.18)
●地区部長、母店長、店長、理事を経験し、全社的な営業方針、経営戦略等を知ることができた地位にあった従業員に対して、競業避止義務を課すことは不合理でない(東京地裁 平成19.4.24)

 

3⃣ 競業避止義務が課される地域は過度に広範となっていないか

業務の性質等に照らして合理的な絞込みがされているかどうか。使用者の事業展開地域や、禁止行為の範囲との関係等と総合考慮して競業避止義務契約の有効性が判断されている場合もあり、地理的な制限がないことのみをもって競業避止義務契約が否定されるものではない。
地域に関連し義務を否定した事例
●退職後2年間にわたり九州地方及び関東地方全域において、会社と同種の業務を営み、または同業他社に対する役務提供ができないことになり、職業選択の自由の制約の程度は極めて強い(東京地裁 平成24.3.15)
地域に関連し義務を肯定した事例
●地理的制限がないが、全国的に家電量販店チェーンを展開する会社であることからすると、禁止範囲が過度に広範であるということもない(東京地裁 平成19.4.24)
●退職時に担当したことのある営業都道府県並びにその隣接都道府県に在する同業他社という限定された区域におけるものであるから、無限定とまではいえない(東京地裁 平成14.8.30)

 

4⃣ 競業避止義務の存続期間は目的に照らし不相当に長くはないか

何年以内だと認められるというものではなく、職業選択の自由等に対する制約の程度と、業種・業界の特徴や企業利益を保護する目的の合理性等とで判断される。ただ、競業避止義務期間が2年以上のものについては否定的な判断がされる傾向があると指摘されている。
期間に関連し義務を否定した事例
●保険業界において、転職禁止期間を2年間とすることは、経験の価値を陳腐化するといえるから、期間の長さとして相当とは言い難い(東京高裁 平成24.6.13)
●ソフトウエアの販売・導入支援事業において、禁止期間は5年間と長期である(東京地裁 平成24.1.23)
期間に関連し義務を肯定した事例
●長期間にわたって確立された、独自かつ有用性が高いノウハウを守るために、退職後3年間の競合行為禁止期間も、目的を達成するための必要かつ合理的な制限である(東京地裁 平成22.10.27)
●形成に長期間の地道な営業活動を要する顧客関係であることを前提として、競業禁止期間6か月と比較的短期間である(東京高裁 平成15.12.25)

 

5⃣ 禁止される競業行為の内容は企業の守るべき利益と合理性があるか

一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止するような規定は合理性が認められないことが多いが、禁止対象となる活動内容(在職中担当した顧客への営業など)や従事する職種等が限定されている場合には、有効性について肯定的になる。その場合においては、必ずしも個別具体的に禁止される業務内容や情報を特定することまでは求められない。
禁止行為に関連し義務を否定した事例
●生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社において勤務してきた労働者への転職制限として、広範に過ぎる(東京高裁 平成24.6.13)
●何らかの形で関係した顧客その他会社の取引先が所在する都道府県における競業及び役務提供を禁止しているところ、職業選択の自由の制約の程度は極めて強い(大阪地裁 平成24.3.15)
●一般的抽象的に会社の競業・競合会社への入社を禁止しており、退職した従業員に対して過大な制約を強いるものであると言わざるを得ない(東京地裁 平成24.3.9)
禁止行為に関連し義務を肯定した事例
●禁じられる職種は、同じマット・モップ類のレンタル事業というものであり、契約獲得・継続のための労力・資本投下が不可欠であり、新規開拓には相応の費用を要するという事情がある、また、禁じられているのは顧客奪取行為であり、それ以外は禁じられていない(東京地裁 平成14.8.30)
●競業禁止の対象は、在職中に営業として訪問した得意先に限られており、競業一般を禁止するものではない(東京高裁 平成12.7.12)

 

6⃣ 代償措置が講じられているか

諸事情を総合的に考慮することから、代償措置を不可欠な要件とはしていない。代償措置が存在しないことを理由の一つとして競業禁止義務契約の効力が否定されることもあるが、明確な代償措置でなくても、代償措置と呼べるものが存在する場合には肯定的に判断される。
代償措置に関連し義務を否定した事例
●金融法人本部の本部長である従業員の部下の中には、相当数のより高額な給与の者がいたところ、それらの従業員の部下については、特段競業避止義務の定めはないのであるから、やはり、従業員の代償措置が十分であったということは困難である(東京高裁 平成24.6.13)
●制約に見合う代替措置(退職慰労金の支払い等)が設けられていたとは認められない(東京地裁 平成24.3.9)
●退職金は支給されるものの、その額は競業避止義務を課すことに比して十分な額であるか疑問がないとは言えない(大阪地裁 平成21.10.23)
代償措置に関連し義務を肯定した事例
●退職後の独立支援制度及び厚遇措置は代償措置として認められる(東京地裁 平成20.11.18)
●業務進捗の節目ごとの奨励金の支給といった代償措置がある(東京高裁 平成15.12.25)
●執行役員の地位にあって、5年間の収入は2,300万円から4,790万円を受けていたことについて、全てを労働の対価とみなすことはできず、競業避止条項に対する代償としての性格もあったと一応認められる(東京地裁 平成22.9.30)

まとめ

 

裁判傾向を踏まえれば、競業避止義務契約が有効と判断されるポイントについては、概ね次のように考えられます。

前提として使用者の守るべき正当な利益営業秘密、それに準ずる価値ある技術、ノウハウ)が存在すること
競業避止義務を課す労働者は
、使用者の守るべき正当な利益に接触することのできた者であること等、その開示や使用を避ける義務を負うことに合理的理由があること
競業避止義務を課す地域を指定する場合は使用者の事業展開地域や禁止行為の範囲との関係等と総合考慮して合理的な絞込みがされること
競業避止義務の期間は
職業選択の自由等に対する制約の程度と、業種・業界の特徴や企業利益を保護する目的の合理性等とに照らし不相当に長くないこと(基本的には1年以内とすること)
禁止対象となる活動内容や従事する職種等については、
一般的・抽象的なものとせず、企業の守るべき利益と整合性があるように限定的なものにすること
代償措置は
みなし代償措置も含め可能な限り何らかの形で講じること
労働市場においては、雇用の流動化傾向にあるとの見方が強まりつつありますが、こうした状況が進展するにつれ、退職労働者に対する競業避止義務特約の有効性については、一層厳格に判断される方向になるものと考えられます。
いずれにしても、競業避止義務契約を交わす必要のある企業においては、みだりに退職労働者に競業避止義務を課すのではなく、裁判で見えてきた考慮事情を十分踏まえた契約内容を検討する必要があると言えます。
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