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会社の業務命令で資格取得のため自宅学習をした時間は労働時間か

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従業員の能力向上を図り、担当業務の拡大や専門性を高めることを意図して、会社が従業員に特定の資格試験の受験を指示又は推奨した場合、従業員が自宅学習に要した時間は労働時間となるのでしょうか。

労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間のこと

      

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれていることを指しますが、そう言えるためには労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていることを要します。

つまり、労働者にはその行為について諾否の自由がない業務上強いられる業務の一環としての行為であると言えます。

この「指揮命令下」が抽象的なので、より明確化するために「業務性」(業務への従事)を補充的基準とし、次のような定義をすべきとする考え方もあります。

 

労働時間とは、「使用者の作業上の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義すべき【菅野和夫「労働法」第11版補正版478頁】

 

いずれにしても、労働者の行為が業務に関連していることも含め義務づけ等の要素を踏まえて労働時間に当たるか否かを判断することになりますが、端的には次のように整理できます。  

 

労働時間に当たる

指揮命令下に置かれたと評価

労働者の行為が使用者から義務づけられ又はこれを余儀なくされた

 

この関係性から、労働時間性が判断されるので、従業員からみて業務上義務づけられた、余儀なくされたと言えるか否かがカギになります。

こうした、最高裁判決でも示された考え方は、行政も同様の考え方をガイドラインとして公表しており、次の時間も労働時間になると説明しています。

 

使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務づけられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間

使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)

参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
    
【労働時間適正把握ガイドライン(平成29.1.2基発0120第3号)】

 

 

 

使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされたか否か

 

厚労省のガイドラインにあるように、研修・教育訓練の受講や業務に必要な学習などについては、それが「業務上義務づけられている」、「使用者から指示されている」場合には、従業員としては業務上これに従わざるを得ないものです。

 

言い換えれば、これに応じないとすれば業務命令違反として処分や評価を下げられるなど何らかの不利益を課される可能性があることを意味します。

 

このように「義務づけられ、又はこれを余儀なくされる」ときは、使用者の指揮命令下に置かれたとされ、したがってその時間は労働時間となるのです。

 

研修、学習の実施について「業務上義務づけられ、又はこれを余儀なくされる」とは言えない場合には、同じ研修・学習といっても指揮命令下にはないと判断されますので、労働時間ではないことになります。

 

結局、自宅学習について、「業務上義務づけられ、又はこれを余儀なくされる」と評価されるような強制的指示・命令でこれに従わざるを得ない状況であったかどうかで判断が分かれることとなります。

 

使用者の実施する研修等

就業時間外の教育訓練については次の通達があります。

労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出席の強制がなく自由参加のものであれば、時間外労働にはならない。
【昭和26.1.20 基収2875号、昭和63.3.14 基発150号・婦発47号】

 

強制がなく自由参加であれば「義務づけられ、又はこれを余儀なくされる」には当たりませんので、労働時間性も否定されます。

 

安全衛生教育

一方、労働安全衛生法により事業者に義務づけられている特別教育や職長教育などの安全衛生教育の実施については、次の通達があります。

安全衛生教育については所定労働時間内に行うのを原則とすること。また、安全衛生教育に要する時間は労働時間と解されるので、当該教育が法定時間外に行われた場合には、当然割増賃金が支払われなければならないものであること。
【昭和47.9.18 基発602号】

 

危険・有害な特定の業務には法律で義務付けられている教育を修了した者しか就けられないことから、そうした業務に従業員を就かせようとする事業者は単に教育受講を推奨・勧奨することにはなりません。

当然ですが、業務の一環として受講を指示することになりますので、こうした教育の受講は、従業員からみれば「業務上義務づけられ、又はこれを余儀なくされる」ことに当たります。

したがって、こういう教育受講の時間は労働時間になるのです。

 

健康診断

また、同じ通達において、「会社内で定期に実施される一般健康診断については、業務遂行との関連において行われるものではなく、その受診のために要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましい」と説明しています。

つまり会社内で実施される定期の一般健康診断については、そもそも業務性が欠けておりその時間は労働時間とは扱われません。

有害業務に就く労働者に対する特殊健康診断については、業務との関連で実施しなければならない健診であることから、その時間は労働時間と解されています。

 

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期限や方法、場所、時間など制約のない自宅学習なら労働時間性は否定される

 

勤務時間外WEB学習に従事した時間が労働時間か否かを高裁まで争った事件では「WEB学習の性質・内容によれば、この時間を労務の提供とみることはできない」とした裁判事例があります。

 

【西日本電信電話ほか事件 大阪高裁平成22年11月19日判決】

各従業員が意欲をもって仕事に取り組み、仕事に必要な知識を身につけてくれることは会社にとっても重要であるから、会社はWEB学習を奨励し、目標とすることを求めるものの、その効果は各人の能力や意欲によって左右されるのであり、自己研鑽するためのツールを提供して推奨しているにすぎず、業務の一環として実施するよう業務上の指示がなされていたとも評価できないことから、Web学習を会社の指揮命令下においてなされた労働時間と認めることができない。

 

つまり、この会社では、WEB学習をすることについて会社から「業務上の指示」(強制)はなく、従業員の自主的な意思によって行うことから、「義務付けられ」「余儀なくされる」とは言えず、それゆえ、指揮命令下にあったと判断されず、労働時間ではないとしているのです。

 

業務を遂行する上で必要な資格を従業員に取得させるため、自宅学習をさせる場合

 

会社にとって業務遂行上必須な資格を従業員に取得してもらうための自宅学習は、業務関連性があることからその学習の進捗状況の監督が欠かせない場合があり、そのような状況下にあれば指揮命令下にあり、これは労働時間に当たると判断されるでしょう。

真に業務遂行上必要な資格であり、その取得従業員を一定数確保しなければ会社運営上支障をきたすほどであれば、会社は本来、資格取得を従業員の業務上の義務として明示し、そのための学習時間を業務に位置づけ(勤務時間内での研修などを実施)、計画的に資格取得を図っていくべきでしょう。

しかし会社が資格取得について促し、その受験時期の目安を示したとしても、実際にいつ受験するかについては従業員の準備次第であり、目安を徒過した時期に受験することになっても特に不利益が課されない場合ではどうでしょう。

会社の指示により業務上必要とする資格を得ようとするわけですので、費用負担は会社が行うべきであり、最小限の教材準備などの受験費用、受験日における受験時間の労働時間扱いは認められるべきです。

 

一方、学習時間の期限や場所・時間・方法等受験準備の行為を従業員の自由に任せ、進捗管理などしない場合は、学習時間に関しては何ら指示しておらず、自宅学習は業務上義務づけられているとは言えません。

したがってその時間は指揮命令下に置かれているとは評価されないことから、労働時間とは判断されないものとなります。

会社が特定の資格取得を「目標の一つとして推奨」するが業務上の指示・命令としていない場合は、上記の裁判事例のように、その学習時間は労働時間性がないものとなります。その場合、会社の費用負担をどうするかも自由です。

 

資格取得をした従業員には褒賞や費用の会社負担、評価上の加点などメリットを付与するが、資格取得をしていない従業員には、そういった利益付与はないものの、不利益を与えることでもない場合には、資格取得は会社から示された目標、勧奨であって、「義務づけられ、又は余儀なくされる」とは言えず、したがって指揮命令下に置かれていないので、労働時間には当たらない、という整理ができます。  

 

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まとめ

 

自己研鑽、研修のように使用者からの強制という義務づけ要素が希薄で、学習そのものの業務遂行性が強いとは言い難い場合でも、労働時間の規制を及ぼすべきと指摘する研究者もいるようです。

私的生活の中に労働関連の一切の負担を持ち込ませるべきではないという考え方でしょうか(休日に会社の仕事関係の通信を受けない権利を認めるべきという考え方も出始めているようです)。

過労や労働ストレスへの警戒は今後とも確かに必要と思われます。

いずれにしても、現在は、労働時間のことは、判例法理として「指揮命令下」説に立ち、「業務関連性」と「義務づけ」の要素の総合的判断(業務性、義務性の要素を判断)で労働時間性を理解していますので、この要素を十分見極めながら従業員への働きかけに問題ないか、会社には慎重な対応が求められるものと考えます。

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