芸能人には労働基準法が適用されるのか否か。このことについては、行政通達と、厚労省の依頼により労働法学者で構成される研究会で検討された結果についての報告があります。
一般的な労働者性の判断基準については、昭和60年の労働基準法研究会報告が基本
労働基準法第9条には、労働者とは「使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」としか規定していません。
そこで、昭和60年の労働基準法研究会では、一般的な労働者性の判断基準について整理・検討がされました。
判断基準
1⃣ 使用従属性に関する判断として
①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
②業務遂行上の指揮監督の有無
③拘束性・代替性の有無
④報酬の労務対償性
2⃣ 労働者性判断の補強要素として
①機械、器具の負担関係
②報酬の額
③専属性の程度
④その他
以上の要素を踏まえて総合的に判断することとしています。
昭和63年の行政通達(芸能タレント通達)では、労働者に該当しないケースを示した
芸能タレントについて、労働者には該当しない場合の例が通達で示されています。
❶当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっていること
❷当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと
❸リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと
❹契約形態が雇用契約ではないこと
(昭和63.7.30基収355号)
若い人を『労働者』として使用しようとした場合、いったい、子供、少年少女など低年齢層は雇うことができるのでしょうか。正確なルールを知っていますか?児童・年少者・未成年者の使用制限● 原則として、[…]
◆その人の演技などが”売り”であって、ほかの者にない個性があることが不可欠とされるので、まさにタレントとして認められる必要がある
◆報酬が、出演する役割の重要性や人気などタレントとしての価値に応じて決められる
◆仕事の有無にかかわらず毎日決まった時間内に特定の事務所内にいる必要があるなど、サラリーマンのような拘束がないこと
◆プロダクションやタレント事務所との契約が労働条件に関する取決めと違い演技等をこなすための業務委託契約であったり、マネジメントに関する契約であり、社会保険や雇用保険への加入手続もない
フリーの芸能関係者についての労働者性判断基準が平成8年労働基準法研究会で示された
俳優だけでなく技術スタッフも含めたフリーの芸能関係者に関して、昭和60年の研究会でとりまとめられた一般の労働者性判断基準をより具体化した判断基準について、平成8年3月に研究会報告がとりまとめられました。
フリーの芸能関係者についての使用従属性に関する判断基準
指揮監督下の労働か否か
①仕事の依頼、業務に対する諾否の自由の有無
仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対して諾否の自由を有していることは指揮監督関係の存在を否定する重要な要素
専属下請のように事実上、仕事の依頼を拒否できないような場合もあり、契約内容や仕事の依頼を拒否する自由が制限される程度等を勘案する必要
②業務遂行上の指揮監督の有無
演技・作業の細部に至るまで指示がある場合には、指揮監督関係の存在を肯定する重要な要素
業務の性質上、必ずしも演技・作業の細部に至るまでの指示を行わず、大まかな指示にとどまる場合があるが、このことは直ちに指揮監督関係を否定する要素ではない
監督の命令・依頼等により他のパートの業務に従事することを拒否できない場合には、一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素
③拘束性の有無
勤務場所がスタジオ、ロケーション現場に指定されていることは、業務の性格上当然であり、このことは直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならない
勤務時間が指定・管理されている場合であっても、事業の特殊性によるものである場合には、このような指定は指揮監督関係を肯定する要素とはいえない
監督等が行う具体的な撮影時間、休憩、移動時間等の決定や指示に従わなければならないこと、監督の指示によって撮影の時間帯が変動した場合に、これに応じなければならないことは、指揮監督関係を肯定する要素の一つ
④代替性の有無
「使用者」の了解を得ずに自らの判断によって他の者に労務を提供させ、あるいは、補助者を使うことが認められている等労務提供に代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素の一つ
x
報酬の労務対償性に関する判断基準
拘束時間、日数が当初の予定よりも延びた場合に、報酬がそれに応じて増える場合には、使用従属性を補強する要素
フリーの芸能関係者についての労働者性の判断を補強する要素
事業者性の有無
①機械・器具・衣装の負担関係
俳優が自ら所有する衣装等を用いて演技を行う場合、著しく高価な場合には事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素
x
②報酬の額
同種の業務に従事する他の者と比べて報酬の額が著しく高額(例えば、ノーランクと言われるような著しく報酬の高い俳優)の場合には、事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素
x
③その他
業務を行うについて第三者に損害を与えた場合に、当該俳優やスタッフが専ら責任を負うべきときは、事業者性を補強する要素
専属性の程度
他社の業務に従事することが契約上制約され、又は、時間的余裕がない等事実上困難である場合には、専属性の程度が高く、経済的に当該企業に従属していると考えられ、労働者性を補強する要素の一つ
その他
報酬について給与所得としての源泉徴収を行っていることは、労働者性を補強する要素の一つ
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まとめ
平成15年の第156回国会において、衆議院議員(当時の民主党・無所属クラブ)から政府に対して、平成8年研究会報告について「質問主意書」が提出され(口頭による質疑応答ではなく、文書によるやりとり)、これに対し政府は内閣総理大臣名で答弁書を衆議院議長に提出しています。
政府は、
❶勤務場所が指定されていることは、一般的には指揮監督関係を肯定する要素となるものであるが、俳優、技術スタッフについては、業務の性格上直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならず、他の契約内容及び就業実態により総合的に判断すべきであると解している旨回答しています。
また、
❷昭和60年報告において、勤務場所の拘束についても指揮監督関係の基本的な要素とされたが、その指定が「業務の性質等によるもの」か、「業務遂行を指揮命令する必要によるもの」かを見極める必要がある旨述べており、平成8年報告においてその具体的な判断基準の在り方を示した、とも回答しています。
さらに、
❸俳優がプロダクション等に所属し業務を行っている場合は、昭和60年報告基準を参考にして判断を行うものとしている、と回答しています。
いずれにしても、芸能タレントと言われる方々については、昭和60年と平成8年の研究会報告で示されている判断基準を踏まえて個々の置かれている具体的な状況に応じて判断するしかありませんが、
有名タレントで高報酬の方や子役や児童であっても「芸能タレント通達」でいう状況にあればもはや労基法の労働者には当たらず、したがって労基法の保護や労災保険の補償の対象にはならなくなります。※
一方で、芸能界に入った、といっても勤務実態面でも「芸能タレント通達」に当たらず、研究会報告でいう判断基準を踏まえてもなお労働者性が肯定される人もいることでしょう。
※ ただし、2021年4月から芸能従事者の方も「特別加入」制度に加入すれば、被災したときには労災補償の対象となれます!
仕事が原因で負傷等したときには、一般の労働者であれば「労災保険」により政府から補償を受けられますが、労働者とあまり違わない働き方をしている自営業者や中小事業主などは、こうした補償は全く受けられないのでしょうか?労災保険については特別加入[…]